1238 星暦558年 黄の月 22日 頼まれごと
なんかこう作る物を思い浮かばないと工房の片づけをしながら色々とアイディアを出し合いつつだべっていたら、通信機の方から音が流れてきた。
誰かが連絡を入れてきたらしい。
「はいは~い」
一番こういう時に動きが速いシャルロがサクッと通信機の方へ歩み寄って答えた。
貴族のおぼっちゃまなのにこう言う時にさっと自分で動くんだから、偉いよなぁ。
俺の場合は変な音が鳴ると思わずまずは隠れようと考えちまうから、反応が遅れるんだよな。
アレクが通信機の音を聞いて何を考えるのか聞いたことはないけど、少なくともさっと一番に連絡を受けようとはしないんだよなぁ。
シェフィート商会でもそういう連絡を受ける係の下っ端が居て、基本的に自分で外からの連絡を受けることはないんかね?
シャルロの実家なんか下の者が全てをする生活様式の最たるものだと思うが、却ってシャルロにとっては自分で連絡を受けるっていうのが珍しくて楽しいのかも?
自分の家でだって結局使用人が通信機の対応は先にするだろうし、魔術学院にいた頃は部屋に通信機なんてなかった。
そう考えると、シャルロが通信機の連絡を自分で受けるのってここだけだ。
まあ、それを言うなら俺だってここに住むようになってからしか通信機で連絡を受ける機会なんてないが、俺に連絡してくる人間は少なからなぁ。
シェイラだって大抵俺が休息日に遊びに行く時に話せばいいって感じで自分からわざわざ通信機で連絡してくることは殆どない。
長とかだったら裏社会の人間が直接来るし。……考えてみると、俺って知り合いが少ないな!?
そんなことを漠然と考えている間に、シャルロが戻ってきた。
「なんか魔術院からお願い事があるからアンディが来ても良い?って連絡だったんで、良いよ~って答えたよ」
おや?
「来いっていうんじゃなくてあいつが来るんだ?
魔術院からの依頼なんてなんか面倒くさそうな気がするが……今年の年会費はちゃんと払ってあるよな?」
アレクに確認する。
年会費は個人で払うものだが、俺たちの工房を経営するための必要経費であるってことで3人分の年会費を工房の費用として年初に払っているってアレクが言っていた筈。
「当然だ。
うっかり払うのが遅れて変な仕事を無料でやれなんてごり押しされては困るからね」
アレクが忘れていたと思われて心外とでも感じたのか、むっとしたように応じた。
ふむ。
「じゃあまあ少なくとも何らかの報酬は出るし、嫌だったら断れるんだな」
商業ギルドとはまた別の意味で魔術院も『お願い事』を断って対立しない方が無難な組織ではあるが、いざとなれば学院長にでも泣き付けば理不尽なことは言われないだろう。
アンディが来る時点でそれなりに俺たちに気を使っていそうな気がするし。
まあ、気を使っているというか仲の良さを利用しようとしている可能性も高そうだが。
そんなことを考えている間に、魔術院の空滑機が庭の上に降りてきた。
魔術院のだと特別に王都内を飛べるって便利だよなぁ。
まあ、一々使う際にどこかに連絡を入れる必要があるらしいし、魔術院内でも使用理由とか誰が承認したかとか色々と書類を書かなきゃいけないらしくて面倒だとアンディは言っていたが。
「お久しぶり~。
今日はどうしたの?」
シャルロが庭に面している工房のドアを開けてアンディを招き入れた。
しょうがない、お茶でも淹れてやるか。
お湯を沸かしにポットの方へ向かう。
クッキーの缶は……まだそれなりに中身が残っているからこれで良いだろう。
アレクはささっと素早く作業机の上の書類を片付け、黒板を裏返しにしていた。
まあ、まだ何も次に作る商品に関してアイディアが纏まっていないんだけどな。
「やあ、お邪魔します。
急にきて悪かったね。
今って忙しいのか?」
アンディが工房に入ってきながら挨拶した。
「いや。
丁度次に何やるか話し合っていたところだよ」
アレクが茶葉をこちらに渡しながら答える。
「そうか。
それは幸いってやつだな。実はちょっと頼みたいことがあるんだ」
アンディが少し深刻そうな顔をしながら言った。
まあ、そういう連絡だったから頼み事なのは分かるが。
頼まれても応じるとは限らんぞ?
便利屋工房?!