1237 星暦558年 黄の月 21日 そう言えば
「そう言えばもうそろそろ涼しくなってきて本格的に秋になってきたけど、結局冷風機ってどのくらい売れたんだ?」
朝食後に工房でお茶を飲みながら、次に何を開発するか頭をひねっている間にふと夏用にしばらく秘密と言う事にした魔具の事を思い出してアレクに尋ねた。
雨除け用魔具から色々と変革して冷風機になったあれは、満を期して今年の夏に売りまくるように在庫をため込んでから販売を始めた筈だが。
在庫を作りすぎてぽしゃったら中々痛いことになったと思うけど、大丈夫かね?
アレクもアレクの家族も特にキリキリしている様子はなかったから、想定外な損失にはなっていないとは思うが。
「バカ売れしたよ。
特許を参照して似たような物を作ろうと使用料を払って類似品を研究する工房も多かったようだから来年は競合品が出てきて今年ほどは売れないだろうが、今年はウハウハだったと長兄が言っていた。
毎月の収支報告でもそれなりな数字になっていただろう?」
アレクがご機嫌な様子で教えてくれた。
最初の頃はまだしも、最近の開発品の契約は頭金の他に販売数にも比例して報酬が入る形になっているから、がっつり売れたなら俺たちの方にもそれなりに収入が入ったんだな。
「収支報告って想定通りな結果なのか、想定外なのかイマイチ分からないんだよ。
ちなみに俺たちの特許に対する報酬って、売れた分に対して支払われるのか、それとも製品を作った分に対して支払われるんか、どっちなんだっけ?」
売れない商品の製造費だけでなく特許料まで払う羽目になったら販売見込み数を読み間違えた場合にかなり痛いと思うが、かといって作ったのに正規で売れなかったからと言って特許料を払うのを免れ、実は裏市場で売っていたりしたら俺たちが損するだけで工房側(もしくは商会側)はウハウハになるかも知れない。
まあ、どんな取り決めでも抜け道はあるとは思うが。
「勿論製造した数だよ。だから類似品の研究でも多少は特許使用料が入ってくるんだ。
販売なんて、売れなかったと言って国外に流してしまえば正確な情報は誤魔化し放題だからね。
売り上げに比例してなんて呑気なことを言っていたら取れるものも取れない」
アレクがあっさり言い切った。
販売数に比例って『呑気なこと』なのか~。
販売数だろうが製造数だろうが大して違いはないような気もするが、確かに国外に運び出されたら販売数の把握はかなり難しくなるよな。
船が沈んだとか海賊や私掠船に略奪されたってことにしたら『売れていない』って扱いになるだろうが、実際にはそいつらに裏の市場へ流す仲介を頼んでいる可能性だってあるんだし。
「でもまあ、転移箱が出来たお陰で色んな情報が早く集まるようになって便利になったって父上が言っていたよ。
そのついでに嘘もつきにくくなったんじゃないかな?」
シャルロがちょっと宥めるように口を挟む。
「確かに、転移箱で素早く情報のやり取りが出来るようになったお陰で、国外への販売をごまかそうと思ったら以前よりも買収しなきゃいけない役人の数が増えたな」
薄く笑いながらアレクが言った。
「うん?
国内だったらそれこそ大きな村レベルでも転移箱を設置して定期的な売り上げや農作物の成長の様子とかの情報が集めやすくなったらしいし、その集めた情報を領都から王都に集めるのも早くなったと思うが、国外の情報はそんなに変わるのか?」
転移門は大きな街にしか無いし魔術師以外が使おうとするとかなりの費用が掛かる。なので無能な貴族の領地では情報収集というのは行商人や乗合馬車についでに運んでもらうか、収穫期に税の回収と一緒に集める程度という事も多かったらしいから、地方で農作物が不作でもその情報が国の中央まで集まるのに時間が掛ることも多かったらしい。
ちゃんとした領主だったら手間暇かけて常時情報を集めているからそんな間抜けなことにはならなかったらしいが。
だが、海外からの情報はそんなに変わるかね?
「輸出入に対する課税はどの国にとっても重要な収入源なんだ。
だからどの船がいつ来て何を売買したっていう情報はどこの国だってそれなりに情報を集めていたが、それをお互いの国に融通するのが難しかったから密輸入なんていうのもやり放題に近かったんだ。
それがどの船が何を積んでいつ国を出たっていう情報が転移箱でほぼ毎日の様に国家間で共有されることで、積み荷を乗せて出た船が入港したのに補給しかしなくて何も売り物はないと申告したら、密輸の疑いをすぐに掛けられる様になったって訳さ」
アレクが言った。
積み荷を途中の国で降ろしてきたと言われたらそれまでだが、そういう国際的なやり取りに非協力的なガルカ王国が潰れた上に情報のやり取りが比較的安上がりに瞬時に出来るようになって、密輸業者も嘘をつきにくくなったのか。
「それでも役人を買収すれば密輸入は相変わらず出来るっていうのが笑えるけど。まあ秘密を共有する人間が増えれば悪事はばれやすくなるし、役人の懐が潤う方が密輸業者だけが儲けるよりはまだマシか」
ある意味、転移箱の開発を魔術院の奴らが奪ってくれて、良かったのかも。
俺たちの工房で開発して売り出していたら、密輸業者に恨まれていそうだ。
ちょっと話の種が思い浮かばなかったので忘れていたクーラーみどきの話を出しました。
これが何らかの形で続く様だったらサブタイを変えるかも?




