1236 星暦558年 黄の月 20日 脱走防止(16)
「へぇぇ、びょいんびょいん飛び回れる遊具的魔具?
子供のおもちゃに魔具を使うなんて贅沢な気もするけど、考えてみたら貴族の子供たちなんてもっと贅沢をしているんだし、ある程度の需要はあるのかもね」
脱走防止用魔具に関しては大体俺たちがやることが終わったので、昨日から仕事は切り上げてヴァルージャに来ている。
明日からまた次に何をするか考えないと。
「子供用のは斜めにジャンプしちゃった時に軽量化の術の範囲外に出てしまって急に高いところから落ちて怪我をしないように、術の外周を結界で覆って安全な範囲へ柔らかく弾き返す仕組みを一体化させたのを特許申請してみた。
特に古くない術を二つ組み合わせただけなんで通るかどうかは微妙かもだが。取り敢えずはそれを幾つかの子供の預かり所や子供がいる貴族に売り込む予定らしい」
売り込むのは毎度おなじみシェフィート商会に任せてあるけどね。
「高い場所で働く時とか火事で高所から飛び降りる必要がある時の安全装置的な使い方も出来そうって話に関してはどうするの?」
シェイラが尋ねた。
フォラスタ文明の遺跡発掘チームもそれなりに高い木の上を調べたりすることもあるから、一応安全装置用に使ったらいいと試作品を一つ持ってきたんだよね。
まあ、魔石が切れたらそれで終わりだろうけど。
シェイラやシェイラの同僚の命に係わるかも知れない安全具になるかもだし、活用されるようなら頼まれたら魔石を充填してもいいが、単に善意だけで頼まれもせずに魔力を提供すると勝手にその魔石を他の魔具用に転用されかねないから、そこら辺はどんな風にどの位使っているかを要確認だな。
「そっちは別に新しい工夫を付け加えている訳じゃないから、特許申請は無理だな。元々、誰かが特許を申請していて、俺たちが使おうと思ったのでは既にそれが大分と前に期限が切れてるからなんだし。
だからシェフィート商会にこういう使い道があるかも知れない魔術回路を見つけたぜって教えただけだ。
あちらが販売先を見つけたらそっとお抱え工房で製造しておいて競業者が出てくる前にばばっと売りまくるんじゃないか?」
まあ、シェフィート商会はそれなりに忙しいようだからそこまで手を出すかは知らんが。
「競技的に高いところにある籠や穴にボールを投げ込むような遊びの道具として、貴族や豪商の若いのに売り込むのも悪くないかも知れないわね。
下手をすると金持ちって剣を使った決闘モドキなじゃれあいとか、キツネ狩り程度しか体を動かす遊びが無いから。
そういうお金が掛るけど比較的安全で珍しい遊びを提供すれば、怪我する若者が減って親世代にも喜ばれるかも?」
シェイラが提案する。
ふむ。
確かに暇な貴族の若いのが狩りで落馬して死ぬとか大怪我を負うという話は時折聞く。
まあ、本当に事故なのか邪魔者を排除する為の暗殺なのかは微妙に不明な場合が多いが、どちらにせよそういう死にかねない状況での運動以外に体を動かす暇つぶし手段があるのは良いことかも知れないな。
折角金を掛けて育ててきた嫡男があっさり死んだら困る貴族は多いだろうし。
まあ、本当に有能な嫡男だったらキツネを追いかけるよりも領地の運営なり王宮での仕事なりで忙しくて、遊びの為に馬に乗って出ていく暇なんぞないと思うが。
そこまで有能じゃなくても、どうしようもない次男よりはマシな長男がうっかり死んだら領地にとっても大問題という状況は多いだろうし、安全で珍しい競技的な運動手段を提案したらあくせく働く必要のない富裕層には喜ばれるかも?
「魔術学院の方で学院長に遊び道具として提案してみて、人気が出そうだったら貴族用の学校でもやってみないかと話を広めてはどうかと勧めてみるか」
貴族様の狩りなんて、非効率的かつ周囲の人間にとっては邪魔で下手をしたら巻き込まれ事故も起きかねないお遊戯だからな。
本当にキツネやウサギの数を減らしたかったら、専門家な狩人に罠猟をガンガンやらせる方が効率的なのだ。だが、お貴族様のお遊びの際に獲物が居ないなんて言う興醒めな状況にならない様、余程の被害が出ない限り罠猟は推奨されていない。
そんな貴族のお遊び狩りが廃れる……とまでいかなくても減るんだったら、社会の為にとっても良い事になりそうだ。
まあ、競技的にやるとしても20代までぐらいだろうが、アホなことをやって死ぬような無茶をするのは30代前ぐらいが多いらしいから、人気が出ればそれはそれでいいだろう。
特に珍しがられなくても別に構わないし。
狩りにライフルを使わないだけまだ誤射リスクが低いですけどねw