1229 星暦558年 黄の月 11日 脱走防止(9)
「脱走用防止の魔具だけどさ、痛みを与えちゃいけないなら、臭い液体を掛けるとかどうかな?
じゃなきゃマジで動けないような拘束用の結界を外に設置するか」
休息日をシェイラと過ごした翌日、話していたことを工房でシャルロとアレクに提案する。
慣れてきてから、警報音が鳴って大人に追いかけられるのを追いかけっこの一種だと思う様になったガキどもの反応はマジで頭を抱えちまう問題点なんだよなぁ。
あれじゃあ魔具が無い方がまだましな気がする。
俺たちみたいな若くて体力にある男が預かり所で働いているならまだしも、落ち着いた大人の女性の方が親から信頼されるのか、若い女性も一人いたが俺たちが居た時に働いていた残りの二人は中年の女性だった。あれじゃあガキを追いかけて走り回わるのは体力的にもつらいだろう。
便利な筈の魔具があったら却って疲れる羽目になったなんて、それこそ俺たちの魔具の評判を落としちまう。
「拘束用結界は魔石の消費量が大きいからねぇ。
第一、敷地の外に勝手にそんなのを設置できないんじゃない?」
シャルロが問題点を指摘する。
現時点では警報音を鳴らす脱走防止用魔具は生垣に重なるぐらいなギリギリ外側のふちに展開しているから、敷地内だ。
隣人にしてみたらちょくちょく音が鳴るのは煩いかもだが、子供たちが脱走を試みるのは隣の敷地ではなく道側が多いから、それほど耳障りではないだろう。
だが、道路や隣の敷地に拘束結界を設置するのはダメだな、確かに。
「生垣の内側に脱走防止用魔具を設置して、そのすぐ向こう側に拘束結界を設置するとか?
一応脱走防止用魔具に連動させて拘束結界を展開する形にしたら、生垣の成長とかに極端に問題はないんじゃないか?」
拘束用結界を常時展開していたら多分生垣が枯れるんじゃないかと思うが、ガキが抜け出そうとして警報に引っ掛かった時だけだったら大丈夫だよな?
「無理やり生垣を抜け出そうとしているところで動けなくなったら、生垣の枝や棘が体に食い込んだまま誰かが結界を解除するまでそのままになってかなり痛い思いをすることにならないか?」
アレクが指摘する。
「どうなんだろ?
問題がありそうだし、適当に何かお酢でもぶっかけてガキたちに嫌な思いをさせる方が良いかな?」
拘束用結界はかなり本格的な防犯用仕様になるから、高くつく。そう考えると値段的にはお酢をぶちまける方がいい気がするな。
まあ、ガキが抜け出そうとするのを止めないんだったら次から次へとお酢を掛けることになってお酢の代金がかさむかも知れんが。
お酢って高いんだっけ??
「お酢は目に入ったらすぐに洗わなきゃダメって話だったと思う。
抜け出そうとしてお酢を掛けられた子供が大人しくそれを洗い流してもらいに戻ってくるとは思えないから、遊んでいる間我慢していて後で目が痛くなったなんて苦情を寄せられたら困るかも?」
アレクが言った。
へぇぇ。
お酢が目に入ったらダメだなんて、よく知っているな。
色々な商品の問題点とかは知っておくのが商家の嗜みってやつなのかね?
「基本的に子供たちって生垣の下の方から抜け出そうとするよね?
拘束するのを生垣の下の方だけにして、足が抜けなくなるような感じにしたらどうかな? そんでもって解放される為には何か罰として子供たちが嫌がることをやらないとダメっていう感じにしてもらうのはどう?」
シャルロが提案した。
「子供が嫌がること?
尻を叩くとかじゃないのか?
結局痛い思いをするんだったら電撃でバチってやってもよくないか?」
尻を叩くのだって預かり所の女性たちの手が痛くなるだろうに。
「いや、それこそ何か勉強で覚えなきゃいけないことを暗唱させるとかだったらいいかもだが……その場でそれに付き合うだけの人員がいないんじゃないかな」
アレクが言った。
あ~。
取り敢えず解放して、後で約束したことをやらせるってなると口だけ約束してまた脱走するようなガキが出てきそうだよなぁ。
それこそ普通に金を払って預かってもらっている場所だったらそういうことを繰り返したら追い出すって手もあるが、シェフィート商会の子供預かり所はシェフィート商会で働く従業員が子供のことを心配せずに仕事に集中できるようにするための場所だからなぁ。
悪ガキだからって追い出すわけにはいかない。
下手に預かり所で口から出まかせを言って罰則から逃れる癖が身に着いたりしたら、却って親に恨まれそうだ。
なんとも悩ましい。
宿題や算数をやらないと逃れられないってその場で見張っている人間がいないと約束の実効性確保が難しいですよねぇ