1228 星暦558年 黄の月 10日 脱走防止(8)
「へぇぇ、脱走防止用の魔具?
仔犬や仔猫用のを人間の子供用に使うって……親御さんたちが聞いたら怒りそう」
昨日は比較的早く王都を出れたので、今日はちゃんと朝ごはんの時間に起きれた。
なので朝食を食べながら今やっている開発品の話をしたのだが、そうしたらシェイラが笑いだした。
「こっちのいう事を聞かずにキャンキャン騒ぎながら走りまわって悪戯をするんだから、仔犬もガキも似たり寄ったりだろ?
却って人間のガキの方が煩いし手を使って悪戯をするから、質が悪いぞ」
少なくとも犬なら鍵を拾って開けようとしない。幸いにもシェフィート商会の預かり所にいる様な子供だったら手癖は悪くないが、これが下町近くだったら拾うのでは無く拝借して開ける可能性が高くなるだろうな。
色々とシェフィート商会の子供預かり所で子供たちにちょっかいを出されて脱走防止用魔具に子供悪戯防止対策を組み込む羽目になった俺としては、大人しく箱の中にころんと落ちていた仔犬たちの方がよっぽど相手としては楽だった。
「まあ、知恵と指は使う為にあるんだから。
閉じ込められていると思った子供たちが対抗するのは当然と言えるでしょ」
シェイラがパンをちぎりながら指摘する。
「親に頼まれて預かっている場所から脱走するのはガキどもの当然の権利じゃないぞ」
というか、逃げる権利はあるかも知れないが、それでうっかり人身売買組織の人間にでも拾われて他国のヤバい業者に売られたりしたら、困るのはガキたち(と親)の方だ。
そうならないために安全な場所に囲って見張っているのに逃げようとするなんて、馬鹿だし恩知らずだと言いたい。
俺だって安全な筈の場所である孤児院から逃げ出したが、あの場所は孤児を憂さ晴らしに虐待していた上に需要がありそうなのから順に売り払っていたからな。
逃げるのは俺の権利だったし、そのあとの食い扶持稼ぎと自己防衛はちゃんと自力でやった。
学院長に捕まったお陰で人生が更にいい方に転がったのは認めるが。
「聞き分けの悪い子供たちの面倒を見るという労苦の為にお金を払われているっていうのもあるんだろうから、しょうがないんじゃない?」
シェイラが指摘する。
まあ、その苦労の為のお金で俺たちの魔具を買おうかと考えているんだから、確かに文句を言ってはいけないか。
とは言え。
「音が鳴って大人が捕まえに行くだけだと、単なるお遊びの一種だと思われて誰も彼もがやりたがるようになるんだよ。
なんとかして、嫌な思いをさせて二度と脱走しないようにしたいんだが、痛い思いをさせるのはダメだって施設側の人間が頑として譲らないんだよねぇ……」
最初は抜け出す子供を直ぐに見つけられて良いって喜ばれたのだが、音に慣れてきた昨日あたりには子供と大人の追いかけっこモドキな遊びと認識されてしまったせいで、却って大人たちの忙しさが悪化している様相だったんだよなぁ。
「それでも痛い思いをさせるのは流石にダメでしょうねぇ。
だったらこう、顔に顔料をぶちまけるとか、臭い液体を吹きかけるとかいうような仕組みをつけたらどう?」
シェイラが提案した。
「顔料を掛けるのは泥棒相手にやると捕まえやすくて良いが、その場から逃げない子供相手にやっても洗濯の手間が増えるだけだし、泥だらけになって遊ぶのが好きなガキ相手じゃあまり精神的ダメージは無い可能性が高そうだ。
それよりは、臭い液体でも掛ける方がいいかも?
お酢でも掛けるか? あれって皮膚に掛かっても特に問題はないよな?」
臭いと言ったらまず思い浮かぶのは糞尿類だが、流石にあれを預かっている子供に掛ける訳にはいかないだろう。
お酢だったら臭いはキツイが汚れ的にはそこまで酷くはなくないよな?
色が薄い種類を選べばシミも目立たなそうだし。
あれって乾いたら臭いはどうなるのかな?
「お酢ねぇ。
適量だったら飲んだら体に良いって話だから、肌に掛かっても特に問題はないんじゃない?
詳しくは知らないけど」
ちょっと首を傾げながらシェイラが言った。
ふむ。
取り敢えず実験をしてみるか。
健康に良いと言われて先日生まれて初めてお酢を買ったんですが、あれってかなり臭いがキツイですね