1227 星暦558年 黄の月 8日 脱走防止(7)
アレクが親父さんと長兄に話をつけたのでシェフィート商会の従業員用子供預かり所で俺たちの脱走防止用魔具の試作品を暫く試す事になり、今日は本店の隣にある預かり所に来ている。
「子供が抜けだしたら分かる警報用の魔具?
便利そうですね」
説明を聞いた責任者だという中年の女性(パルータという名前だと紹介された)が嬉しそうに言った。
「ピリッと痛みを感じさせるとか、押し戻す衝撃を与えるといった追加効果も可能だが、取り敢えずは警報音が鳴るだけのものを今日は持ってきている。
それでいいかな?」
アレクが尋ねた。
人間だから、大きな音=痛みと覚えちゃってもそこまで危険はないだろうし、『敷地の外に出ちゃダメ』と言われているのに脱走するのは言い付けを破ったガキが悪いんだから痛い目にあってもいいだろうと俺は言ったのだが、親が怒るだろうとシャルロとアレクが主張したので、追加効果はつけていない。
悪さをした子供を母親が尻を叩いて躾けることはよくあるのに、脱走した(=悪さをした)子に痛みを与えてはいけないって不思議なもんだと思ったが、まあ親としては自分や自分が任せた管理者が尻を叩く分には良いが、どこの誰が作ったのか分からないような魔具で痛みを与えるのはダメらしい。
「う〜ん、軽い程度の痛みを与えても冒険に行く気満載な子にはあまり役に立たない可能性がありますし、動けなくなるほどの痛みを与えるのは流石にどうかと思いますから、音だけで良いと思います」
パルータがアレクの言葉に応じた。
確かに、悪戯しに行くガキは軽く怪我をしても帰ってくるまで気付かないことすらあるんだから、軽度なピリッとした痛み程度じゃあ認識されない可能性もあるか。
「ちなみに現時点では1メタ2ハドぐらいの高さまでしか警戒範囲になっていないから、それよりも高い壁か何かから飛び降りるなんてことをやったら警報音が鳴らないけど、大丈夫かな?」
シャルロが追加で尋ねる。
1メタ2ハド以上の高さから飛び降りたら怪我をするだろうという事で、どうせ安全措置的にそれ以上の高さから飛び降りたり落ちたりできないようになっているんじゃないかという想定の元で設定したんだが、どうなんだろう?
「壁だと完全に中が見えなくて却って危険かもだし子供達に圧迫感を与えるという事で、庭は柵と生垣で囲っているのでそれ以上の高さから出る手段はない筈です。
でも設置した後に、もう一度確認しましょう。
生垣の下の方の枝を折ったり掘り下げたりして抜け出す子が毎年数人いるので、下をしっかり警戒できると助かります」
にっこりと微笑みながらパルータが言った。
中が見えない壁って駄目なんかね?
まあ、子供たちも外が見えない壁の中で走り回るんじゃあ家の中で騒ぐのとあまり変わりがない感じだろうから、ちょっと外が透けて見える生垣の方が開放感があっていいのかもな。
開放感を感じたついでに脱走を企てるんじゃあダメな気もするが。
「ちなみに大人が警戒範囲に踏み込んでも警報音が鳴るんだが、職員が使える警戒対象除外用の魔具もいるかな?」
アレクが尋ねる。
ちらっとパルータに会う前に裏を見て回った範囲では、庭側に出口はないっぽいから大人の通行は気にしなくていい気もするけど、目につかない場所に出入り口がある可能性も否定できないからね。
ちなみに、流石に建物側の出口には人が通るたびに警報音が鳴る魔具を設置して、そこを通る大人全員に除外用魔具を渡すのは現実的では無い。それだけの数をばら撒いたら絶対に誰かが除外用魔具を無くして、シェフィート商会外の人間の手にそれが渡る危険性が高くなり過ぎる。
あそこに子供が通った場合にだけ警報音が鳴るようにしようと思ったら、生物探知の対象のサイズ指定を今の下限だけでなく大人を含まない上限まで設定する方が大変だがまだマシだろう。
だが、大柄な子供を通さない様に設定したら小柄な女性が引っ掛かりまくる可能性もあるから、ちょっと人騒がせで迷惑な気がする。
「いえ、外には本店側の建物を裏口を通らなければ出られないようになっているので、大人が庭から出ることは想定されていませんから除外用の魔具は必要ないです。
却って変な不審者や泥棒が忍び込もうとした際に警報が鳴って、いいかも知れませんね」
パルータが笑いながら言った。
子供預け所に忍び込む泥棒はいないだろうが、シェフィート商会の本店に繋がっているとなったら、それを目当てで忍び込む人間は出てくるかもだな。
そう考えると、サイズ指定して大人を除外するよりも、誰が通っても鳴る方がいいだろう。
泥棒が大人ばかりとは限らないんだし。
そう、子供であって一人前にシーフとして働いている場合もあるんだからw