1218 星暦558年 緑の月 20日 事務作業(24)
仔猫や仔犬の脱走探知用魔具はまた後日に詳細を詰めようと言う事になった。
「じゃあ、次は伝声管ね〜。
これは魔具じゃ無いんだけど、中々悪く無い工夫だと思うんだよね」
シャルロが楽しげに言って昇降機を起動させて下に送り、昇降機の脇にあるベルが付いた紐を引っ張ってから伝声管の蓋を開けた。
この紐は一階にあるベルが付いた紐に繋がっているからあちらでベルの音が響き、俺たちが呼んでると分かるからパディン夫人(もしくは誰か台所にいる人間)が伝声管の蓋を開けて用事を尋ねる事になっている。
『もうランチで良いですか?』
伝声管からパディン夫人の声が流れてくる。
ちょっと音程が変わる気がするが、普通にパディン夫人の声だと分かる。
金属筒に向かって話し掛けるとそれなりに離れていてもしっかり普通に聞こえるって意外だよなぁ。
昇降機の扉を開けて下に声を掛けたって一応届くのだが、それなりに大声を出して怒鳴らないとはっきり聞き取れないのに、この伝声管だと普通に話しても周囲が煩いので無い限りちゃんと聞き取れる。
便利だし維持費が掛からないしで、家の中で声を掛けるため用に工房や寝室に設置すべきかと真剣に話し合ったぐらいだ。
ただまあ、貴族に屋敷みたいに最初から少なくとも呼び鈴もどきな仕組みが設置してあるならまだしも、ここはそれが無かった。伝声管を通す為に新しくあちこちの壁や天井に穴を開けるのは面倒だと言う事でやめた。
階段を登るなり、廊下を数歩歩くなりしたところでさしたる手間じゃないからね。
「お願〜い」
シャルロが伝声管に向かって答える。
直ぐに昇降機の扉を開けてごとごとやっている音がしたと思ったら、ヴィーンと言う音と共に昇降機は上に上がってきた。
「今日はウサギのパイなんだって」
シャルロが嬉しそうに言いながらキッチンワゴンを引っ張り出し、料理をダイニングテーブルに移し始める。
下の段も合わせるとそれなりな量があるから、俺も反対側から手伝った。
五人分だからそれなりの量があり、結局昇降機は三回ほど昇り降りした。
うん、こうやって実際に食事を運んでみると、昇降機を取り付けて本当に正解だったな。
幾ら浮遊の術で軽くするにしても、これだけの量の料理を台所から2階に運ぶのは大変すぎるし、時間が掛かって料理が冷めてしまうだろう。
それこそ、昇降機を設置してなかったら台所から外に出して窓から引き入れる形で直行便としかねないぐらい面倒だ。
昇降機があれば、普通に台所からキッチンワゴンで隣のダイニングルームへ料理を運ぶのと殆ど手間は違わないからね。
そう考えると総合的にはダイニングルームの移設は成功ってやつかな?
◆◆◆◆
「ここを事務作業部屋にするのね。ちょっと勿体無いぐらいな部屋だと思うけど、確かに誰も居ない三階の部屋に工房の契約とか経理書類を集めて作業させるのは無いわね〜」
昼食後、前のダイニングルームで今度事務作業部屋にする場所をシェイラに見せたら、そう言われた。
ちゃんと給料を払うんだし、誓約魔術も使うんだから神経質になり過ぎかなぁとも密かに考えていたんだが、シェイラとしても三階で事務作業員を人目がない状態で一人だけ働かせるのは無しだと思った様だ。
裏の世界じゃあヤバい物を盗まれる様な状況を見逃す方がバカで自業自得って考えが普通だったが、表も世界でもあまり違いは無いんだな。
まあ、表も裏も、いるのは同じ人間だし当然か。
「書類作業をやりたがるのは今後も女性が多いだろうから、棚の高さはこの位までにして、部屋の扉は廊下から見えやすいガラス張りにしようと思っている」
アレクが取り敢えず俺たちが考えている事を説明する。
廊下との間に扉があったら、閉めれば中で何をやっているか分からくなるので扉がない方が良いのではって話もあったんだが、それだとパーティなり工事なり、外から他人が来る様な時でも重要書類がある部屋を隔離できない事になるので不味いだろうと言う事になった。
防犯結界とかで立ち入り出来ないようにするのも可能だが、うっかり術を掛けるのを忘れる可能性もあるからね。
なので何をやっているのか見えるけど、鍵を掛ければ出入りを制限できるガラス張りの扉が良いだろうと言う結論になったのだ。
「ガラス張りの扉とは、中々贅沢ねぇ。
でも確かに良いかも。
ただ、その高さはちょっと問題になると思うわ。
女にとってはその高さって肩より上になるから重いファイルを出し入れするのはちょっと重労働だし、中年になると肩が固くなって上の方に物を上げられない人もいるから」
シェイラが応じた。
手が届けば良いって話じゃないんだ?
書類なんてそれ程重いとは思わないが……。
異世界でも四十肩はあるw
この場合、男でも腕を持ち上げられない場合がありそうだけど