1214 星暦558年 緑の月 17日 事務作業(20)
「う~ん、ちょっとワゴンを入れる際に奥に押し過ぎると扉を開けた際に倒れこむ危険性があるか?」
昇降機用の枠にキッチンワゴンを入れて動かしてみたデルニッヒ親方がちょっと難し気な顔をした。
まだ昇降機が動く部分を覆う壁は設置していないが、台所から二階へ繋ぐ柱と上部につけた滑車などは既に完成したので昇降機としての枠を中に入れて試しに動かしてみたのだが……手で動かすよりは滑らかとは言え、多少は上下運動の際に昇降機が揺れるので、確かに扉側に密着した場所にキッチンワゴンがあったらちょっと扉側に傾いた状態になり、上か下に辿り着いて扉を開けたときにキッチンワゴンが倒れこむ危険も無きにしも非ずな感じだ。
キッチンワゴンの上に重い鍋みたいな物を載せていたりしたら、面倒なことになるかもしれない。
「その枠の中央付近でワゴンが停まる位置に溝を入れて、そこで車輪が一旦止まるようにしたらどうです?」
台所で俺たち用にお茶を淹れてくれていたパディン夫人が提案する。
「「溝?」」
親方とアレクが一緒に振り返った。
「ああ、あのキッチンワゴン置き場にある溝ね。
確かにあれがあると勝手に動かなくて安心だよね~」
シャルロが頷いた。
「こんな感じですよ。
決まった位置からキッチンワゴンが転がって移動しないように、車輪の定位置に溝をつけてあるんです。
少し力を籠めれば動きますから直ぐに動かせますが、勝手に動いたりはしないので一々車輪を固定するより楽で便利なんですよ」
パディン夫人が台所のキッチンワゴンの置き場を見せながら説明した。
昔、スタルノの鍛冶場で道具を載せたワゴンをそうやって半固定化しているのを見て、ここの台所でも使わないかとパディン夫人に提案して俺が削ったんだよね。
停まるけど簡単に動かせる、ちょうどいい深さになるまで何度かやり直す羽目になったが、完成した暁にはお礼として箱一杯のクッキーを焼いてもらったのでシェイラと食べるためにヴァルージャに持って行ったのはいい思い出だ。
「なるほど。
これなら枠の中央部分で止まりやすくなるな」
デルニッヒ親方が満足げに頷いた。
枠とこの溝のアイディアに関して、後で報酬をアレクに親方に要求させないとだな。
全部渡そうとしても多分断るだろうけど、半分ぐらいはパディン夫人に渡せるかな?
ゴリゴリと枠に溝を彫りこみ、キッチンワゴンの上に昇降機での実験用に買った一番大きな鍋に水をたっぷり入れて、昇降機の中へ押して入れてみる。
ちゃんと溝のところで自然にキッチンワゴンが止まったのを確認して親方が満足げに頷き、扉を閉めてボタンを押した。
ヴィ~ンと微かな音を立てながら昇降機が上がっていく。
その間に俺たちは二階へ向けて階段を駆け上がる。
俺たちより先に昇降機が辿り着いていたが、ギリギリぐらいのタイミングかな?
考えてみたらこれって勝手に他の人が開けて持ち出したりしないように、一般の屋敷用だったら階段を上がる速度ぐらいに合わせて動くようにする方がいいのかも?
まあ、下の人間に連絡して送り出してもらう場合だったらちんたら待っているのはイライラするかも知れないが。
「昇降機の動く速さも2段階で選べる感じにするといいかな?
自分で入れて自分で受け取るんだったらゆっくりで、下の台所で働いている人間に頼んで上へ送りつけてもらうなら早くって感じにしたらいいんじゃないか?」
親方が廊下側から扉を開けてキッチンワゴンを引き出すのを見ながら提案する。
「いや、基本的に台所で上に運ぶものを準備する人間と、客室や寝室へ持ち込む人間は違うから、速度を二段階にするよりもそれこそ上から台所の人間と話しやすいように短距離な通信機的な装置をつける方がいいかも?」
シャルロが指摘する。
そっか、お屋敷だったら台所で働くメイドや下男と客室担当は明確に違うから、上から連絡してキッチンワゴンに入れてもらうのを楽にした方が利便性は高いか。
「まあ、考えてみたらこの家だって、次の料理をお願いって上から連絡出来たら料理だけ送り上げてもらって食卓への配膳は俺たちでやってもいいし、家の中での通信機的なのは設置したら便利かもだな」
短距離で、決まった二か所間だったら必要な魔石も安いので済むし。
きっちりとお客さんを呼ぶようなときは配膳もパディン夫人がするけど、家族的な人が集まって人数が多いからダイニングを使うときなんかは料理だけ送り上げても貰えればいいよな。
食べ終わった皿を下げる際にも、俺たちがキッチンワゴンに積んで、下でおろしてくれって大声で怒鳴るよりも通信機を使う方がいいし。
流石に二階から怒鳴ろうとするのはウィルだけだと思うw