1213 星暦558年 緑の月 15日 事務作業(19)
デルニッヒ工房が庭の試作品へ最新式の滑車とか扉とか諸々を設置した後、俺たちは数日かけて親方と相談しながら現実的に鎖の強度と兼ね合わせて想定される昇降機が必要とする出力と速度に対して一番魔石消費の効率がいい魔術回路と警報用魔具を組み込んだ。
そして更に数日かけて色々と物を運んだり、近所の子供に忍び込んで貰ったり、猫にも再度バスケットの中から協力してもらったりと実験をして、取り合えず問題点はすべて解決できた。
多分。
と言うことで。
「こんなところで良いかなって感じだし、試作品を家の中に設置してみようぜ」
「そうだな。
ちなみに壁や床をぶち抜くのはウチが贔屓にしている大工に頼んでいいか?」
今日も来ていたデルニッヒの親方が応じる。
「ついでだし、今ダイニングルームの工事をしている大工さんに頼んでもいいよ?」
シャルロが提案した。
デルニッヒ工房との共同開発が始まった時点で昇降機の開発が完全に失敗に終わることはまずないだろうとなったので、2階のダイニングルームにするための場所の改修を数日前から既に始めていたのだ。
壁をぶち抜き、北側の窓を変え、壁紙も北側の部屋だった部分だけそっけないと違和感があるので張りなおす予定だ。
ついでに床板も……という話もあったのだが、今のダイニングルームで使っている絨毯をそのまま敷けば大体ごまかせるからいいやということで、こちらは手を加えないことになった。
昨日の時点で壁のぶち抜きと窓の取り換えが終わったところなので、壁紙は後回しで良いから昇降機を先に設置しても構わない。
「いや、昇降機の設置はそれなりに専門技術が必要だから、悪いがそこら辺の村の大工に頼むのは遠慮したい」
親方があっさりシャルロの提案を断った。
そうなんだ?
まあ、確かに柱とかがちょっとでも傾いていたら昇降機の機動に差し支えるかもだし、考えてみたら上部に設置する滑車とかを固定する壁や柱部分の強度はしっかりと計算して安全マージンを取った状態にして欲しいから、そこら辺は慣れた職人に頼んだ方が安心だな。
俺たちの夕食が落ちても人間が中にいるのに落ちたのに比べれば大惨事って訳じゃあないが、料理が台無しになって夕食が遅れるのは残念過ぎる。
と言うことで、昼食後にデルニッヒ工房のお抱え(?)大工のおっさんが俺たちの家に来た。
「この規模の家で昇降機ですかぁ」
ちょっと意外そうな顔をされた。この程度の大きさの家に若い男二人で住んでいるのに、要らん贅沢だと思われたかな?
「1階に工房があるせいで場所が足りなくてね。
今度ちょっと事務室も作るからダイニングルームを2階に動かす事になったから、そうなると昇降機がある方がいいだろう?」
アレクがあっさり返事をした。
「ああ、そうなんですね。
ちなみに場所はどこにします?」
家の中に案内された大工のおっさんがあっさり頷いて尋ねる。批判めいた事を言うつもりは無かったのかな?
「キッチンの外側の壁の辺とか?」
シャルロがちょっと首を傾げながらキッチンから顔を出していたパディン夫人の方に確認するような感じに提案する。
「1階側はそれでいいですが、2階では昇降機をダイニングルームの廊下側の壁に設置した上で、扉をダイニングルーム側と廊下側と両方から開ける様にできますか?
そうしたら寝室に食事やお湯を持っていくようなことがあった場合に便利ですから」
パディン夫人が提案した。
俺たちがいるのにお湯を二階に持っていくようなことはほぼないとは思うが、俺が二階で熱を出して寝込んでいる時にアレクがシェフィート商会や魔術院へ行かなきゃならなくて留守だったりした場合、もしかしたらパディン夫人がちょっと盥にお湯を入れて持ってきてくれるなんてことはあるかもか。
そう考えると、確かに廊下側からも昇降機からキッチンワゴンを出せる方が便利だな。
それこそ、病気だったらベッドで食事を食べるなんて事になるかもだし。
まあ、俺は学生時代にちょっと風邪を引いた以外、殆ど体調を崩したことがないけど。
アレクもそう考えると頑丈だよな。
見た目は優男なのに、少なくともここ数年風邪をひいたところを見たことがない気がする。
もしかしてラフェーンが何かユニコーン的な能力でアレクの健康管理でもしていたりするのかね?
「ふむ。
昇降機を箱じゃなくて枠の形にして持ち上げるか。
悪くないな」
親方が興味を持ったように言った。
昇降機の試作品では扉側の一面が開いた箱を上下に動かしていたんだが、ちゃんと昇降機の柱の外側を壁で覆っているなら箱じゃなくて枠を動かしても中のキッチンワゴンが落ちる心配はない。
そう考えると、正面と裏のどちらも扉を開けられる形にするのはありだよな。
今までの昇降機って廊下の突き当りとか横につけていたから、裏側に扉をつける必要がなかったんだろうけど、例え片側しか開かないにしても箱じゃなくて枠にする方が重量が減ってよさそうだし。
直ぐに真似されそうだが、アイディア料として何か交渉しようかな?
『勿論、アイディア料が入ったらパディン夫人にボーナスを出す心積りです!』