1211 星暦558年 緑の月 8日 事務作業(17)
結局、人間を動かせる昇降機は問題が起きた時の風評被害の大きさに対して売り上げ見込みが予測出来ないと言うことで、人間を運ぶことを想定した安全装置も付けないことになった。
ちなみに、貴族だけでなく豪商でも階段を登れぬほど年老いた世代にはさっさと引退してもらいたいと考える人間が多いらしい。
なので人間を運べる昇降機を作ったら現時点で当主の立場にいる人間には大反響で売れまくるかも知れないが、老人たちが実際に死んで世代交代した後には交代が遅れたと感じた次世代の当主たちに工房が恨まれている可能性を否定できないと親方も言っていたし。
まあ、俺たちにはそっちは関係ないんだけど、昇降機がバカ売れして魔石の流通価格が高くなるのは困るからね。
と言う事で。
取り敢えず俺たちが造っておいた警報機能と、動かす動力系の魔術回路を現存の昇降機に如何に効率よく組み込むかの研究を俺たちの家の方ですることで合意された。ついでなので参考までに、パディン夫人の提供した昼食を食べ終わった後に現れたデルニッヒ工房の若いのを使って認識阻害結界の効果を試すことになった。
現実の話として家への侵入を防ぐ結界を試作品の所まで広げれば何も盗めないんだが、一応角度的に何をやっているのか見える可能性もゼロではないので、認識阻害をしておく利点はあるだろう。
それに、デルニッヒ親方もその方が安心しそうだし。
と言う事で、先ずは試作品が庭にあると言う話をせずに、若いのに庭を一周させた。
「個人宅の庭にしては、随分と愛想が無い池ですねぇ」
船とかの実験用に掘った直方形の池を見ながら若いの(ゴルジェと言う名らしい)がコメントし、そのまま歩いて回る。
「愛想のない池以外で、何か気付いたか?」
親方が尋ねる。
「屋敷のサイズに対して、植栽も余り手を掛けてないですよね」
ゴルジェが言った。
悪かったな。
色々実験するのにあまり花や植木があると邪魔なんだよ。
特に興味もないし。
それとも、アレクのラフェーンだったら花とか薬草がある方が嬉しいのかな?
でもほぼ毎朝遠乗りに行っているんだから、その途中の野原でそう言うのを愛でる方が良いだろう。
「ふむ。
この庭で新しい昇降機の試作品を作っている最中なんだ。
見つけられないか、もう一度探して回ってみろ」
親方がもう少し具体的な指示を出す。
「え、造っている最中なんですか??
見なかったと思うんですけど……」
首を傾げながらゴルジェが再度敷地を見て回り始めた。
敷地の外れの壁際と、建物の周辺を重点的に調べることにしたらしいが、試作品があるところを遠回りにしているのに自分でも気付かずにきょろきょろしながら俺たちが親方と待っている所に戻ってきた。
「まだこれから作るところなんですか?
何も見当たりませんでしたが」
「そこの東側のベランダ沿いにあるぞ」
親方がもっとはっきりと場所を示す。
東側のベランダ側と言われて、ペタペタと壁に触りながら歩み始めたゴルジェが、自分が壁から離れた方向へ動き始めたのに気付いて足を止めた。
「あれ?
ここ、何かあります?」
魔力がほぼ皆無なのか、結界の存在に気付いても見抜けないようだが、場所には気付いたようだ。
「そこら辺かもな~」
親方の声に、ゴルジェが集中するように眉を顰め、やがて諦めたのかと思ったら突然認識阻害結界に向かって頭突きした。
「おっと」
元々、認識阻害結界は物理的に止める効果はごく弱い。
勢いよくぶつかっていったことでそのままゴルジェが結界を突き抜け、試作品の柱にぶつかった。
幸い、頭ではなく肩をぶつけただけだったが。
「親方、ありました!!」
結界の中で転んだ姿勢のまま、ゴルジェが声を上げた。
「なるほど、こんな風になるのか。
確かに場所がほぼ予想付く様になったらあまり盗難を止めるのに役に立たないかも知れんか?」
親方が小さく失望のため息をつきながら呟いた。
「工房内で貴重品や機密情報を守るために使うのには長期的に微妙だとしても、今回の共同研究に関しては認識阻害結界の外側に防犯結界を張って部外者が入れない様にしておけば、研究開発が終わるまでぐらいなら大丈夫そうでしょう?」
シャルロが親方に指摘した。
「ですな。
では、取り敢えずは試作品の滑車と扉の仕組みをうちの工房の物と入れ替えて、それに最適な魔術回路を取り付けてみますか」
どうやら早速作業を始めるらしい。
中々せっかちだね~。
漢解除w