1209 星暦558年 緑の月 8日 事務作業(15)
「一昨日の今日で来るとは思わなかった」
朝に先ぶれの連絡が来た後、午後に現れたオレファーニ家の昇降機を作った工房(デルニッヒ工房と言うらしい)の二人とデルニッヒ親方相手にお茶を勧めながらアレクがちょっと驚いたように言った。
「他の工房とも話をすると言っていたようですし、商売と言うのは機会を見かけたら素早く動く必要もあるんですよ」
にっこりと笑いながら親方が応じた。
親方だったら無口な職人っぽい人なのかと思っていたが、意外と営業職のおっさんに近い感じだ。
やっぱ貴族や豪商相手に事業をするような工房の親方は無口な職人じゃあ駄目なのかな?
「それでは、どのような形でこの事業を進めようと考えているのか、先ずはそちらの提案を聞かせて貰えますか?」
シャルロがにこやかにクッキーの載った皿を差し出しながら尋ねる。
俺たちはある意味この家の昇降機を完成させられたら後は適当に収入になれば形はどうでも良いんだよね。
こっちがどうしたいかって希望を聞かれるよりは、あちらが望む形を聞いてそれを元に交渉する方が楽だ。
「開発は共同で行うことで実用的な魔具を造り上げ、最終形になったらその権利を買い取って独占的に製造・販売できるようになりたいですね」
親方が言った。
「買い取り価格とそれまでの協力に掛かる時間などをちゃんと詰める必要があるが、我々としては一応それでも問題はないと思う。
だが、魔術回路その物は極端に新しいものではないから昇降機の魔具として特許を申請できない可能性が高いですよ?」
アレクが指摘する。
一応この点は最初に来た時にも言ってあるんだけどね。
警報機に関する特許は既に俺たちが持っているが、色々と他のところでも使われているから昇降機用にこの工房に売る訳にはいかないから、特許料を払う人間は誰でも使えることになる。
昇降機を動かす魔術回路は鉱山用の古いのを改造して魔力消費の効率を良くした奴だが、多少効率を良くした程度じゃあ特許は申請できないんだよね。
画期的に良くなっていれば出来るんだけど、そこまで良くなってはいない。
「魔術回路の部分を正式な鍵なしに取り外そうとすると中身が溶ける箱が最近開発されたんですよ。
だから特許が取れなくても、少なくとも完全に同じ魔術回路を模倣は出来ませんから、アイディアを真似しようとする競合工房が完成品を造り上げられるまでに我々の商品に対する信用を培えるでしょう」
親方が言った。
ああ、なんかそんなのが出来たって魔術院からの広報紙に書いてあったっけ?
特許が申請できないが既存の物より良い魔術回路が出来た場合に模倣を防ぐために使えるって話で、この箱その物の特許は申請が通ったらしい。
ただ、箱自体の特許料も含めて箱の仕組みにはそれなりに金が掛かるからねぇ。
特許が取れない程度の改造でしかない魔術回路をこの箱を使って秘匿する価値があるんかね?って俺たちは話していたんだが、確かに昇降機全体の売り上げと繋げて考えれば箱の費用分の価値はあるのか。
「なるほど。
ではそれで良いでしょう。
ちなみに、提案として共同開発をここでしませんか?
外に作ってある試作品を幾らでも造り変えて構いませんし、最終的には家の中に作りたいのでそれも含めて使った感想もお伝えしますよ?
結界を張ってあるので、試作品には登録した人間しか近づけない様になっているからそちらの工房内よりも情報漏洩の危険が少ないかと」
アレクが提案する。
少なくとも、昨日の工房以外だったら俺たちの所に情報を集めに来ようとなんてしないだろうし、噂が流れたとしてもこの村だったらよそ者が居たらそれなりに目立つからな。
なんと言っても蒼流と清早がそれなりに目を光らせているし。
「結界、ですか。
ちなみにあの庭にある試作品を敷地の外から見えない様に壁で囲めますか?」
親方が聞いてくる。
「まあ、出来ますが……認識阻害の結界でも貼った方が良いかも?」
シャルロが提案する。
壁なんぞ建てたら風が通らないし暗いしでウザそうだ。
まあ、『そこにある』と確信して探している人間がいたら認識阻害結界の効果も微妙だが、敷地の外から探す程度の精度での『確信』だったら認識阻害結界で見つけるのを妨害できるんじゃないかな?
「ふむ。
ちょっとそこら辺はどのような感じになるのか、確認させていただけますかな?」
ちょっ親方と言うよりは若社長的な人物が来た?