1207 星暦558年 緑の月 6日 事務作業(13)
「取り敢えずこのサイズの鍋一杯の水を持ち上げるのに現状の構造だと中型魔石1個で昇降機の方は動きます。
生き物が入った時用の探知結界と警報機の方にもう一つ中型魔石が必要で、それぞれの魔石がどのくらい保つかは……警報をどのくらい鳴らすかとか、昇降機をどの程度使うかによるかな?」
シャルロが昇降機を動かして見せながら説明した。
「ちょっと手で動かしてみて良いか?」
職人が昇降機の方に近づく。
「どうぞ。
扉を閉めないと動かない様になっている」
アレクが頷く。
考えてみたら、昇降機の扉が閉まっていないと動かない仕組みだと、昇降機の箱が階と階の間で何らかの理由で動かなくなった時に、扉を開けて下からか上から引っ張ろうとしても動かないのか?
だとしたら、この安全装置も切れるようにしないと困るな。
柱を建てただけの試作品だったら扉以外の所から鎖を手に取って引っ張れるが、家の中だったら壁の中に昇降機の仕組みそのものを埋め込む可能性が高いだろう。
それとも、壁の部分を簡単に開けられるようにするとか?
それはそれで子供が悪戯とかしそうな気もするが。
「うわ、重いな!!
ちゃんと動滑車を使うとか歯車の回転比を変えるなりしてもっと負荷を下げるようにしないのか??」
職人のおっさんが鎖を引っ張ろうとして驚きに声を上げた。
そう言えば、滑車の使い方次第で引っ張る距離を伸ばす代わりに重さを減らせるって話があるんだったっけ。
そこら辺は昇降機の製造工房に詳しい事を聞こうと思ってまだ本格的には手を出していなかったんだよな。
考えてみたら、負荷を軽くしたら動かす距離が伸びても設置する必要がある魔術回路をもっと低燃費な奴に変えられるから、これはちゃんと工房と相談すべきだな。
「そこら辺は専門家に頼ろうと思っていてね。
この試作品はそれだけ重くて非効率な状態でも魔具で動かせるというのを証明するのと、猫や人間が中に入って悪戯したら警報が鳴る仕組みを見せる為に作ったんだ」
アレクがにこやかに応じる。
実は既存の昇降機の滑車部分とかを分解してもっと完璧にしたいとアレクは言っていたんだけど、客が多い社交シーズンじゃないとは言え流石にオレファーニ家の昇降機を分解しちゃう訳にはいかないし、自分達で思う存分に分解できる昇降機を工房に設置してもらうにはそれなりに時間が掛かるからと言う事で諦めたんだよな。
元々、俺たちだけで昇降機の設置をするのは無理があるからどこかの工房を誘う必要性はあるのだ。
だとしたら俺たちが担当しない部分に関して無駄に凝ってもしょうがないってね。
「負荷を下げていない状態で短い距離を動かすのと、負荷を軽くする代わりに倍の距離を動かすのとで魔石の消費量は同じですか?」
営業担当の男が聞いてきた。
「重さの最大値が下がるのだったら使う必要がある魔術回路が変わる可能性があるから、場合によっては魔力消費量がある程度は減るな」
とは言え持ち上げるのに延々と鎖を引っ張り続けることになるのは困るだろうから距離をガンガン伸ばして負荷を只管減らすというのも限界があるだろうから確約は出来ないが。
「ちなみに、一般的な昇降機ってどの程度の重さの物を持ち上げられないといけないの?」
シャルロが尋ねる。
「最大で水を満杯に入れたこのサイズの鍋2つ分と言ったところでしょうか。まあ、その程度で成人男性一人が引っ張るのにギリギリな負荷になりますし、鎖の強度の問題がありますからそれ以上重いものは入れないでくれと取扱説明書に書いてあります」
営業担当のおっさんが言った。
「鎖の強度の問題があるなら、ある程度以上の重さを動かせない様に魔術回路に安全機能を組み込むのも可能だぞ」
そうか、鎖が千切れる危険があるからあの負荷制限の回路があるんだな。
動くなら動かせばいいじゃんと思ってなんで限界値を魔術回路で設定しているのか微妙に不思議だったんだが、それこそ鉱山とかで動かす場合によく分かっていない鉱夫とかが際限無く鉱石を積み込む危険があるから、周辺装置が壊れるのを防ぐ為に負荷の上限を組み込んであるのだろう。
魔石の消費効率も重要だが、周辺装置が壊れたらその修理の時間や費用が無駄になる。
多分鉱山の所有者があの魔術回路を造った魔術師に上限を入れるように依頼したんだろうなぁ。
流石にそこまでクソ重い物を家の中の昇降機に入れるとは思わないが、それこそスープやお湯を詰め込み過ぎて昇降機が壊れたら困るもんな。
負荷の上限は大切だ。
子供が忍び込んで遊んでいたら昇降機の鎖が切れたなんて事になったら悲惨でしょうねぇ。
まあ、フルな鍋二つ動かせるなら子供の一人か二人程度なら大丈夫だと思いますが。