1205 星暦558年 緑の月 3日 事務作業(11)
「あれ?
音が鳴らないね?」
何通りか造った探知結界の一つを警報用魔具につなげて試作品に設置した後、シャルロが昇降機の箱の中に体を乗り出して腕を振ってみた。
いや、腕の動きはあまり関係ないんじゃないか?
生命探知と体積が探知対象なんだから、動きは関係ないぞ?
「もっと奥に入ってみたらどうだ?」
一応小柄な猫でも引っかかるように大雑把に体積を指定したんで、シャルロの頭が入っていればそれで引っかかると思ったんだけどね。
ちなみに、警報音に関しては扉を締めなければ鳴らないという仕組みにするのが面倒だったので、結局常時引っかかったら鳴る形になっている。
昇降機の中で掃除とかしなきゃならなくなったら、警報機の方の魔石を外して貰えば良いだろう。
「う~ん、どうしてだろうね?」
不思議そうにシャルロが四つん這いになって昇降機の箱の中へ入って行く。
上半身の半分が入ったぐらいの所で警報機が鳴り出した。
「……もしかして、心臓が指定範囲内に入っていないと反応しないのか?」
それを見ていたアレクが言った。
「生命探知って心臓が対象なのか??
まあ、確かに頭を入れても反応しなかったし、気絶している人間でも探知対象なんだから精神活動じゃないよな」
生命探知って昔からある魔術回路だから特許切れのが複数あるから自分で作ろうとしたことも無いんだが、もしかして心臓の動きか何かを探知する仕組みになっているのかも?
まあ、意識がある人間を探知するにしたって心臓が動いていなきゃあっという間に意識が落ちる(と言うか死ぬ)んだし、生き物を見つける為には動いている心臓を対象に探知させるので良いのか。
今回はあまり関係ないが、生命探知で人間が乗っている時に動かないようにするような安全装置とかを作る場合、頭の部分が乗っているだけだったら探知されずに起動して大怪我させる可能性があるってことだな。
一応気を付けておこう。
「じゃあ、次に昇降機の箱を持ち上げてその下に潜り込む感じでやろうか」
浮遊の術を掛けた上で、昇降機を持ち上げる魔具を一瞬だけ動かし、動かした鎖を柱に縛り付けて固定しておく。
「じゃあ行くぞ」
アレクが昇降機の箱の下に潜り込み始めたら、やはり心臓が柱の間を通るぐらいの所で警報機の音が鳴り出した。
「ちょっと煩い?
音を止められるようにした方が良いかな?」
シャルロが少し首を傾げながら提案した。
「う~ん、鳴っても直ぐに止められるんだったら、隠れ場に使おうと思った子供が中に入って鳴らした後に棒か何かで中から解除ボタンを押す可能性があるだろう?
音が鳴ったら毎回絶対にちゃんと調べるならまだしも、ちょっと鳴って直ぐに止まった場合って大抵は『気のせいだった』とか『誤起動か』ってことで調べに来ないことが多いんじゃないか?」
それじゃああまり警報器の意味がない。
その場に居る時に中へ忍び込む子供やペットを見つけられるだけだな。
「確かにそうだな。
そんじゃあ次は上だ、頼んだぞ」
アレクが出てきた後に、俺がベランダまで攀じ登り、上半身を乗り出す。
『プッププ~!』
警報機の音が鳴った。
「うん、ちゃんと範囲指定した柱の中の部分に人が入ったら鳴りそうだね。
後は子供とか猫で試そうか」
シャルロがにっこり笑いながら言った。
「猫よりも犬の方が協力的なんじゃないか?」
犬だったら飼い主が一緒に居ればそれなりに言うことを聞いてくれる。
猫じゃあ餌で釣っても食べ終わったらさっさと立ち去っちまいそうだ。
「この村の犬って皆それなりに大柄だからねぇ。
ちょっと小柄な猫でも大丈夫か、確認した方が良いんじゃない?
バスケットにでも入れて連れて来ようか」
シャルロが言った。
「ついでに鼠を捕まえるか……ケレナの所の鼠位なサイズの鳥でも借りて、鼠で一々警報音が鳴らないことを確認した方が良いんじゃないか?」
台所の傍に置くんだったら鼠が居ないのが一番だが、俺たちの屋敷の様に過保護な精霊がシャルロの嫌いな虫や不潔な小動物を常時排除してくれているんじゃない限り、鼠を完全に駆逐するのは難しいだろう。
それとも、猫を飼っていたら鼠は勝手に居なくなるのかな?
「じゃあ、猫は隣のアシュビーさんの所のを明日借りるよう、話を付けておこうか。
鳥は何か適当なのを連れ出してくるね」
シャルロが頷いた。
「ついでにアシュビーさんちのガキにも協力してもらおうぜ。
パディン夫人のアップルパイでお袋さんごと買収できるんじゃないか?」
アシュビーさんちは奥さんがあまり料理が得意じゃないらしいんだよな。
普通の食事は腹が膨れるようなのを作れるらしいが、誰かの誕生日とか結婚の祝いなんかだと絶対に近所の食事処に行っている。
ちょっとした手伝いに小遣いがわりにパディン夫人のクッキーを提供するとめっちゃ喜ぶし。
まあ、甘味に関しては砂糖をガンガン買う余裕が無いだけかもだが。でもおっさんはちょくちょく酒場で酒を飲んでるし、困窮しているって訳じゃあ無い筈だ。
「じゃあ、アシュビーさんのところはパディン夫人にアップルパイ作成を頼んだうえで、話を付けておくよ」
アレクが手を上げた。
うっし。
頼むぜ~。
扉が閉まらないと動かないからいいけど、頭だけじゃ探知されないとエレベーターが首から上だけ持っていっちゃうホラーな展開が脳裏に浮かぶ……