1197 星暦558年 萌黄の月 21日 事務作業(3)
「今度僕たちの工房の事務作業をする人を雇おうと話しているんだ。
その人の作業する部屋もそれなりに僕達やパディン夫人の目があるところにしたいから、ダイニングルームの場所を使おうと思うんだよね。
代りに2階へお皿や料理を乗せたキッチンワゴンを運べる昇降機を設置して、2階の寝室を2つ合わせてそっちにダイニングルームを作ろうと思うんだけど、大丈夫かな?」
一応料理に関することだしと言う事で、先にパディン夫人に相談した方が良いだろうと夫人に工房まで来て貰って質問した。
3人で台所に押しかけるとちょっと狭いからね。
「まあ。
2階にダイニングルームですか。
殆ど使っていないと言えばいないので、料理を問題なく動かせるのでしたら大丈夫だと思いますが……そう言う魔具が既に存在するんですか?」
パディン夫人が尋ねた。
流石に貴族用の筋肉で動かす昇降機は困ると思っているんだろうね。
いざとなれば俺たちの筋肉を使えばいいし、何らかの事情で俺たちが忙しかったら食事に誰かを招く際だけ下男役の人間を雇うのも可能っちゃあ可能だが、そうなると色々な手配がちょっと面倒ではある。
「一応問題なく作れると思っているが……そうだね、どうしても納得できるレベルのが出来なかったら、リビングルームを2階に動かすよ」
アレクが言った。
まあ、リビングルームもそれ程使ってはいないからな。
ケレナが来ても工房でまったりしているし。
でも、夜なんかにリビングで寛ぐこともあるから、リビングを動かすよりはダイニングを移設する方が良いと思う。
どちらにせよ、ほぼ間違いなく昇降機を作れると思うし、それこそ魔石消費の経済性を無視するなら絶対確実に作れるから問題はないだろう。
「台所からキッチンワゴンを上げるのでしたら、東と北側の寝室を潰す感じですか?」
パディン夫人が更に尋ねる。
そう言えば、場所的には台所の上にしないとだよね。
態々台所から廊下に出て、そこから昇降機を使うのは馬鹿らしいだろう。
大きな屋敷だったら荷物とか洗濯物とかを動かすのにも活用する為に廊下へ昇降機を作るって言うのもありかもだけど。
「そうだな、東と北側の使っていない寝室2つを潰すので丁度良いかな?
取り敢えず実際にダイニングルームに手を出す前に、寝室を二つ繋げる作業をして貰うよ」
アレクが応じる。
考えてみたら、窓のガラスとかもちょっと変えた方が良いかも?
特に北側の窓はかなりそっけない感じだからな。
あれはどうでも良い三男か子供の家庭教師ぐらいが使う想定の部屋だったのかも?
東側の部屋の窓はそれなりにお洒落なんだけどね。
「昇降機の大きさとかも後で教えてくださいね。
台所の間取りも少し変更する必要があるかも知れませんし」
パディン夫人がちょっと不安げに言った。
単なるキッチンワゴンより一回り大きい程度だったら特に問題はないだろうが、装置そのものががっつり大きかったら確かに邪魔かもだな。
まあ、その場合は北側の隣の部屋を昇降機置き場にする感じでも良いかも?
台所のどこら辺にそれが重なるか、後で確認する必要があるが。
「昇降機の開発をやっている間に2階の部屋を準備しちゃえばいいと思っていたが、昇降機の大きさ次第では部屋のどこに設置するのかとかの問題が出て来るから、上の作業も開発がある程度形になってからやるべきかも?」
パディン夫人が台所に戻っていった後に言う。
「そうだな。
理想としては台所の廊下側の壁の場所に設置出来たら料理を運ぶ以外の事にも使えるかもだが、大きさがどのくらいに収まるか次第だな」
アレクが頷いた。
「そう言えば、ついでに誰かが病気になった時に残りの二人が居なくても上に運び込みやすいよう、人間も運べるサイズが良いかも?
……キッチンワゴンってしゃがみ込んだら人間も詰め込んで運べるかな?」
シャルロがちょっと想定外な提案をした。
俺たち3人のうちの誰かが居れば浮遊の術で病人でも怪我人でも上の寝室に運び込めるし、ある意味俺かシャルロが居れば清早か蒼流に頼めば怪我や軽い病気ならその場で治して貰える。
だがまあ、それこそ俺らが居ない時にケレナが運び込まれるとか、何かあった際に人を上の寝室に運び込めるのは良い事だろう。
キッチンワゴンに人を押し込んで運べるかは微妙な気がするが。
「サイズ的には大丈夫かもだが、重量に対する強度的に心配だな」
ちょっと顔をしかめながらアレクが応じる。
後で俺たちを乗せて動かせるか、試してみるか。
重さだけが問題だったら重量軽減の魔術回路を設置すれば良いかもだし。
子供ならまだしも、成人男性を乗せて動かすのは厳しい?
でも、ドラマなんかで時々ホテルのルームサービスを運び込むワゴンに人間が隠れて移動ってありますよね?