1192 星暦558年 萌黄の月 15日 後輩から相談(9)
「簡単な金庫なら開けられるから自分で開けられるかとも思ったが、無理だったから頼む」
中に入って行ったら、微妙に見覚えのある審議官のおっさんが俺を見かけて声を掛けてきた。
「流石に素人な審議官に開けられるような金庫じゃ意味はないと思うが、こういう時用にプロもいるんじゃないのか?」
捜査の際に一々金庫を壊していたり、もしくは容疑者に開けさせているんじゃあ捜査に時間が掛かるだろうに。
「お前さんがいるのに開錠人員を連れてくるのも無駄だろ?」
審議官のおっさんが苦笑しながら言った。
あれ?
そう言えば、良く見たら以前どっかの案件で一緒になったおっさんか?
何人かの審議官や警備兵や軍人と時々仕事をしてきたが、金を払ってくれる軍はまだしも、それ以外は出来るだけ顔も合わせないように接触を最小限にしていたからイマイチしっかりは記憶に残っていないんだよなぁ。
まあいいや。
「ほいよ」
ちょちょいと鍵に触れて開錠する。
でもマジでこれって家族とかの素人が勝手に漁らない様にする程度の効果しかない金庫だから、それこそ審議官とか警備兵程度だったら開けられるべきだとも気もするな。
まあ、警備兵に鍵開けを教えたら、捜査だって言って人の家に押し入った際に金庫の中の物を盗んだり濡れ衣の証拠を押し込まれたりしかねないから、あいつらがそんな技能がないのは良い事か。
「相変わらず早いな。
ありがとよ」
頷きながら金庫の中身を調べ始めた審議官の後頭部を見ていて、思い出した。
シャルロの従兄弟か叔父か忘れたが、どっかの雪が多い地方の伯爵が代官に横領されていた時の王都側の隠れ家の捜査に来た審議官のおっさんだ。
もう名前は忘れたが、ちゃんと紹介されたんだったっけ。
偶然だな。
「そう言えば、他に隠し場所はあるのか?」
金庫の中から裏帳簿とその他諸々の書類や宝石を取り出した審議官のおっさんが聞いてきた。
「寝室に金庫が一つあるな。後はそこの机の3段目の引き出しが二重底になっているようだ」
一応勝手に人の家に入って調べ回ったというのを認める訳にはいかないから、心眼で今見つけましたと言うような感じに伝える。
まあ、裏帳簿の頁を何枚か渡しているんだから、誰かが数日前に忍び込んで取り出したのは分かり切っているんだけど。
口にしないのが大人のお約束ってやつだな。
だからその引き出しの二重底に関しても、見る必要性は全然ないんだがそう教える訳にいかないから存在だけを知らせる。
俺の言葉に引き出しの底を調べ始めた警備兵が二重底から原稿を取り出した。
つうか、引き出しの二重底ぐらい、言われなくても自分で見つけろよ……。
「うん?
殺人の計画、か……?」
ちらっと眼を通し始めた警備兵が首を傾げる。
いや、殺人の計画にしても男と女の情念の拗れなんぞ延々と書く必要はないだろ。
もう少ししっかり目を通し始めた警備兵が、やがて呆れたように紙を机の上に放り出した。
「どうやら小説家志望らしいですね」
審議官のおっさんも書類を手に取って確認し始めた。
まあ、殺人の計画かもと思ったら調べない訳にもいかないか。
と言うか、さっさと裏帳簿の方を調べて横領男を裁いちゃえば?
その原稿モドキは小説未満だから読む意味もないぞ。
最初の方をさっと読み、最後の方を捲って確認した審議官が笑いだした。
「確かにこりゃあ殺人の計画書未満だな。
時折推理小説なんかで実際に出来たら大したもんだと思うような騙しを考え付く奴もいるが、これは文章が酷いだけじゃなくてアイディアも実行したらあっという間に捕まりそうなお粗末さだ」
へぇぇ。
推理小説で、審議官が凄いと思うようなのも時折あるんだ?
「俺は人を殺すつもりはないから参考にする必要はないけど、どの小説が凄いと思ったのか、教えて貰っても良いか?」
専門家から見て良いと思ったモノだったら読んでも面白いかも?
「そうだなぁ。『白の扉』とかは中々考えられていたな。
文章や登場人物の深みと言うか共感度的に優れているのだったら『アルティアの涙』の方が俺は好きだったが」
審議官のおっさんが教えてくれた。
「へぇ、ありがとう。
今度機会があったら探してみるよ」
というか、アレクかシャルロが読んでないか聞いてみるかな?
俺よりはよっぽど本を読んでいる可能性が高そうだ。
相変わらず警備兵への不信感が酷いウィルw
スラム以外の警備兵はそこまで酷くないからね?!