1191 星暦558年 萌黄の月 15日 後輩から相談(8)
「審議官だ!
家長に商業ギルドから資金を横領した疑いが掛かっている!
これから捜査するので家の者は即座に手に持っている物を下ろし、庭に出るように!」
ノックをして解錠された玄関をぐいっと大きく押し開け、審議官が警備兵を伴って横領男の家の中へ踏み込んでいった。
横領男の妻と召使がびっくりしたように悲鳴を上げているのが外まで聞こえてくる。
息子は学校に出て行ったのをさっき見たから、少なくとも家が捜査に立ち入った警備兵に荒らされるのは直接見なくて済むだろう。
警備兵って家探しする時に必要以上に荒っぽい事をするやつも多いんだよなぁ。
そう言うのを嫌がる審議官もいるが、悪人と思われる人間はどんどん痛めつけろ的に喜ぶちょっと下種な審議官もいるから、これは本当に捜査ごとによってどうなるかは変わる。
今回は……比較的マシな方かな?
まあ、犯罪が商業ギルドの横領だから、上手く犯罪を立件できなかった場合はそれなりに報復が痛いかもだし、そうじゃなくても横領で美味い思いをした人間が横領男に同情して酷い事をした警備兵に関して家族が泣きついたら抗議の手伝いをする可能性だってない訳じゃないからな。
俺は告発したパルティアに近い人間ってことで今日の捜査には取り敢えずは参加していない。
一応、隠し金庫を見つけたり開けたりするのに問題があった時のお助け要員として待機はしているが。
先に一度忍び込んでどこに隠し金庫があるかとか裏帳簿の場所を教えてあるんだからイマイチ一緒に踏み入らない意味がない気もするが。
なんと言っても、審議官を初期段階から呼び込むのに難色を示した商業ギルドの幹部に裏帳簿の一部を渡しているのだ。誰かが既に中に忍び込んで調べたのはバレている。
人を殺したとか国家反逆じゃないからってことで証拠が固まるまでは職場から締め出して取り調べするだけで、夜は家に帰すなんて事になったら裏帳簿を破棄されるのは目に見えているからな。
甘ったるい事を言っている連中に、裏帳簿が家にあると言う証拠として俺が拝借した頁の一部をセビウス氏が提出したらしい。
アホだから甘い事を言っているのか、仲間だから敢えてアホな事を言って証拠隠滅させて有耶無耶に誤魔化すのに協力しているのか、どっちなんだってセビウス氏が冷たく尋ねていたとアレクが笑いながら教えてくれた。
だけどねぇ。ギルド職員みたいなある意味上級市民が関わると、殺人や麻薬、人身売買や国家反逆罪と言ったような重犯罪でなければ証拠が固まるまで家に帰らせる場合もあるなんて言う甘い流れだと言うのは初めて知った。
下町じゃあ証拠が固まるどころが完全に言いがかりなでっち上げ容疑ですら証拠を調べもせずに牢屋に叩き込まれることだってよくあったのに。
本人か家族が身代金モドキな『寄付』を警備兵に渡したら証拠に不備があったってことで解放されるのだが……元々ない証拠が不備ってなんなんだよって見ていてよく思ったものだ。
魔術師になってからは国税局とか軍の情報部の捜査の手伝いだったから、最初に証拠をがばっとかっさらっていくから当然容疑者はそのまま拘束されて家に帰らせない流れだったので、まさか普通に組織が内部告発的な感じで見つけた不正の場合にこうも温い流れになっているとは知らなかった。
裏帳簿が無くてもそれなりに横領の事実は商業ギルド側の証拠で分かるだろうが、誰がやったかの確証は微妙になるんじゃないかね?
それこそ横領男がパルティアが父親と手を組んでやっていたんだって主張したら水掛け論になりそうな気がする。
まあ、パルティアが全く関与していない案件だったら厳しいかもだが。
そうなると、問題は横領男が最初からパルティアに全部おっかぶせるつもりだったかどうかだよな。
まあ今回は家に詳細な裏帳簿があるのだ。流石に部下であるパルティアに強要されたとは主張できないだろう。
金の流れ的にも、明らかに横領男は給与より多く金を使っていたんだし。
普通のギルド職員なら、あの程度の管理職では高級住宅地にこのサイズの家を構えた上で更に別の治安がいい地区に愛人を住まわせたりする資金力は無い。
そんなことを考えながら待っていたら、警備兵の一人が玄関から出てきた。
「金庫を開けられないんで開錠してくれとのことだ」
あれ?
そんなに難しい金庫だったっけ??
ギルドの上はある意味仲良しクラブw