1189 星暦558年 萌黄の月 13日 後輩から相談(6)
商業ギルドの横領男の愛人は派手好きらしく、華やかな色の服やコートなどがかなり多くクロゼットに仕舞われていた。
とは言え、古いのは無いようなのである程度着たら(もしくは飽きたら?)売って金にしているのだろう。
宝石類は思っていたよりも少なく、あった物は偽物や高級品っぽく見えるが良く見ると使っている石が安物な見た目重視な資産価値のあまりない装飾品が多かった。
これじゃあ横領男が捕まって金蔓が居なくなったら一気に生活が苦しくなるだろうなぁ。
少なくとも家には数枚の金貨以外は金も大して隠してなかったし、どこかの銀行にでも預けているのでない限りかなり刹那的な生活をしているようだ。
まあ、自分の美貌に自信があって、次の金蔓を直ぐに捕まえられると楽観的なのかも知れんが……こう言っては何だが、見た目だけで男を捕まえる愛人業は若さも重要な資産の一つだ。
それがある間にしっかり金を溜めておかないと老後は厳しいぞ~。
今回の横領男が捕まって生活が苦しくなることで将来設計を見直すと良いな。
そんなお節介なことを考えながら愛人宅を探し回ったが、裏帳簿は見当たらなかった。
裏帳簿自体が無いのか、愛人をそこまで信頼していないのか。
取り敢えず、横領男の悪事の証拠になりそうなものは愛人に給与から賄える以上の金を与えているという事実以外は無かった。
しょうがないので一度家に戻り、夕食を食べてからもう一度王都内に戻って今度は横領男の家の方へ。
パーティに出歩くタイプではないのか、本人も妻と息子も家にいた。
うわぁ。
まだ10代の息子がいるのか。
息子の将来は厳しそうだな。
商業ギルドで横領をした男の息子なんて、他の商家で働こうにも信頼されないだろうし、王宮で文官として働くのも難しいだろう。
完全に縁を切って孤児的な扱いで自立すれば親の悪評は付いて回らないが……ある意味、夜逃げできない地域に根付いた家族の存在が本人の信用度を補完する効果があるので、孤児と言うのは余程長年頑張ってコツコツと働かない限りそうそう信頼して貰えない。
まあ、どっかの工房に入って腕を磨いて親方として自立出来たら良いかも知れないが、親方として自立する為にも誰かに職業ギルドで推挙してもらわねばならず、その為の金か信頼を得るのも難しそうだ。
軍部にでも入れば武功をたてるなり役に立つことを見せれば昇進していけるかもだが、そっちは才能があるかないか(もしくは運)でがっつり違いが出るからなぁ。
まあ、俺の知ったこっちゃないが。
ひょろっとした少年を見るに、先は大変そうだ。
とは言え、親の金でそれなりに良い教育を受けてこられた筈だ。
今後は頑張ってくれ。
もしかしたらその怖そうな母親側の実家が助けてくれるかもだし。
家族の食事中の会話に耳を傾けたところ、横領男は恐妻家で家での権力者は妻と言う感じだった。
使用人への指示も妻の指示が優先されていたし。
それもあってか横領男は家にいる間は基本的に書斎にこもっているようだ。
そこで多分裏帳簿と思われる書類をしこしこと熱心に書き込んでいた。
と言うか、単に帳簿を付けるだけだったらそれ程時間が掛からないだろうから、どの施設だったら横領に使えるかとかを色々と下調べして記載しているのだろうか?
それとも何かもっと悪事をしているのか。
そんなことを考えながら待っていたら、横領男が書き込んでいた帳簿類を隠し引き出しにしまい込み、部屋から出て行った。
「やっとか。
長いんだよ」
妻の方はとっくのとうに寝静まっていた。ちなみに夫婦は同じ寝室では寝ていない。
一応夕食時にざっと寝室や他の部屋も探して回ったがちょっとした奥方の装飾品と少額の金貨が金庫に入っていただけで、大した隠し場所は無かったのでこの書斎が一番怪しい。
何故か書斎から廊下へ出る扉をあけっぱなしにして横領男が食事に行ったので、食事の間に調べられなかったんだよなぁ。
扉はしっかり閉めようぜ~。
そんなことを考えながら、書斎の中を探す。
先ほどの隠し引き出しの他に、壁に隠し金庫もあったのでそちらを先に漁る。
「あれ??」
中に入っていたのはいかにも裏帳簿っぽい書類だった。
なんかこう、数字の書き込み方とか今迄何度か見てきた裏帳簿に似た感じなんだよな。
というか、数字を色々と細かく書いた書類が隠し金庫に入っていたからそれが裏帳簿だと思うんだが。
だとしたら、さっきまで横領男がしこしこ書き込んでいた書類はなんなんだ??
取り敢えず推定裏帳簿を持ってきた鞄に入れ、隠し引き出しの方を漁る。
横領男がしまった書類はほぼ数字が無く、文字ばかりだった。
うん???
何か男と女の仲が拗れて如何に密室で怪しまれぬように相手を殺すかって工夫している話??
これって小説か???
日記じゃあないと思うんだが。
小説家を夢見る横領男w




