1185 星暦558年 萌黄の月 10日 後輩から相談(2)
「中々美味しいね、ここ。
良い店を教えてくれてありがとう」
昼食を食べ終わり、ノンビリとお茶と一緒に食後のデザートをゆっくり楽しみながらパルティアにお礼を言う。
流石商業ギルド勤め。
中々良い店を知っている。
シャルロもここの事を知っているのかな?
デザートもそこそこ当たりだから、知らない様だったら教えてあげても良いかも。
「いえ、今日は急に連絡したのに出て来ていただき、ありがとうございます。
考えてみたらそこまで至急って訳じゃあ無かったんですけど、早く誰かに相談したくてちょっと慌ててました」
パルティアがお茶にミルクを足しながら応じる。
何か連絡が来た時はかなり焦った様子だったからヤバいのかと思ったが、どうやら今日の約束までの間に落ち着いたらしい。
「まあ、商業ギルドって公になったらちょっと顰蹙なグレーな線を攻めることが多いらしいから、真面な人間が知ったらちょっとどうなんだと思うようなことも多いだろうし、グレーに慣れている人間が駄目だろと思うような案件だったら下手をしたら危険かも知れないからね。
パルティアだけが知っているって状況はさっさと変えた方が無難だろ」
まあ、商業ギルドの人間が同僚を殺してまでしてヤバい事を隠そうとするかどうかは不明だが。
とは言え、商家の人間が商業ギルドから不正行為で追い出されたら、内容によってはアファル王国内での将来が本人だけでなく家族までも行き詰る可能性だってある。
そう考えたらパニックした相手がヤバい事をやって来る可能性だって考えた方が安全だ。
みみっちい経費の水増し請求とかその程度だったら問題ないとは思うが、麻薬とか国防に関わる問題だと危険かも?
まあ、後ろ暗い評判があって制裁も受けたサリエル商会に繋がりのあるパルティアが国防に関わるような部署にいるとは思えないが。
「商業ギルドって何人か魔術師を雇って、ギルドの建物や設備に固定化とかの術を掛けたり、それが弱って来た時の補強やかけ直しをさせているんです。
会員商家から同様の術の依頼や魔術師の紹介を頼まれることもあるので、人手が空いている時は我々が術を掛けに行くこともあるんですが……。
最近、妙に商業ギルドの施設関連の固定化の術を掛けに行く回数が増えて、外には殆ど出ることが無くなったな~ってこの間同僚と話していたんです」
パルティアが言葉を切ってケーキをもう一切れ口に入れた。
「へぇ、商家って魔術院じゃなくって商業ギルドに紹介を頼むこともあるんだ?
魔術院を通さずに魔術師へ直接頼む方が安上がりなのかな?」
魔術院に頼むと何も指定しなければ新米魔術師が当番で回ってくる可能性が高いから質が微妙かもだしな。
もっとも、その分安い筈だけど。
「商業ギルドに依頼したって紹介料を取られるんですけどね。
ただ、私たちが最近やっている作業に関して気が付いたんですけど……幾つかの案件は本来ならば防水結界を張るなり防水塗料を塗る筈の場所とかも固定化で誤魔化していたり、商業ギルド本体の建物じゃないところもやらされたり、ちょっとやっていることがおかしい気がするんです」
パルティアが難しい顔をして言った。
水漏れっていうのは元々の素材が痛んで水が漏れるようになって起きることなので、素材が痛まないように固定化の術を使って防ぐこともできるが、現実的な対処としては防水塗装を定期的にやり直すか、防水結界を設定すべきだと魔術学院では習った。
固定化の術だけだと結局水漏れするようになり、漏れた水で素材が痛んでいくのを無理やり押しとどめるに近いから長期的に見ると高くつくんだよね。
とは言え。
防水塗装は塗料を実際に買わなきゃならないから金がかかる。
防水結界も長期的な展開用には魔具を使うからそれと魔石の費用が掛かる。
だから金が無ければ短期的には固定化の術で誤魔化すのも有りだが……商業ギルドがそんな金に困った中小商家や貧乏貴族がやるような手法を取る必要があるとは思えない。
「何か大きな出費があるからそれに備えて節約しているとか?」
商業ギルドだったら節約するよりも先に商家に会費をもっと出せと交渉しそうだが。
「いえ、私の上司とかは以前よりも接待に出ることが増えた位で、部署の皆を食事に奢ってくれる回数も増えたと先輩は言っています」
パルティアが顔をしかめながら言った。
「どっかに二重帳簿がありそうな話だな。
探して欲しいのか?」
商業ギルドの誰かが経費を誤魔化していたとして、見つかったら悪事の証拠になる二重帳簿を態々維持しているかどうかは不明だが。
「いえ、誰に報告したらいいのかを相談したかったんです。二重帳簿は取り敢えず時間を掛けて心眼で上司が使う部屋とかを調べています」
パルティアが言った。
おお~。
心眼で隠し金庫や隠し帳簿を探せるって話を昔したことがあったのを、覚えていたんだな。
「隠し金庫があって開けられなかったら手伝うから、言ってくれ。
怪しい経費カットに関しては……ちょっとアレクに聞いてみるよ」
パルティアも多分それを期待していたんだろうし。
商業ギルド外だけど商家でそれなりにギルド内の事を知っている人間に、助言を貰いたかったんだろうな。
パルティアの兄貴はその点、ギルド内の知り合いが少ないのか……信頼が薄いから巻き込まない方が良いと思ったのかも。
「お願いします」
ほっとしたように笑いながらパルティアが最後のケーキの欠片を口に放り込んだ。
ここのケーキって持ち帰りできるのかな?
喫茶店やレストランとかってケーキの持ち帰り出来るんですかね?