1184 星暦558年 萌黄の月 10日 後輩から相談
「あれ、今日はシェイラに会いに行かなかったのか?」
朝ご飯を食べに1階へ降りて行ったら丁度廊下に出てきたアレクから声を掛けられた。
「なんかパラティアからちょっとご相談したいことがあるって頼まれてね。
スタルノの所にも顔を出そうと思ったから今日はヴァルージャに行くのは無しなんだ」
そう言えば、今度アルヌにも声を掛けてみようかな?
軍部だったらどうせ相談相手になる先輩とかは山ほどいるだろうけど、一応元スポンサーとして何か職場の人間に聞けない相談事があるかどうか、一度ぐらいは声を掛けて確認しても良いだろう。
まあ、いざとなればアルヌは暗殺ギルドのおっさんに相談できるだろうから、俺よりもよっぽど利用できる情報網が大きいって言えば大きいが。
「パラティア?
あのサリエル商会の娘の?」
アレクがちょっと眉を顰めて聞き返してきた。
やっぱサリエル商会の印象が悪いね~。
一応あそこも代変わりして大分と大人しくなったらしいけど。
「商会で働く魔術師の常識的な活動範囲を知る為とか言って、商業ギルドに就職したって聞いたから特に悪い事はしていないと思うぞ?」
そう言えば、アレクにパラティアの就職先を言ったっけ?
俺の言葉にアレクが顔をしかめた。
「いや、商業ギルドは違法じゃないが人に知られたら微妙なことを色々とやっている筈だ。それを価格情報や取引承認とかいった特権を使って圧力をかけて隠しているという噂だから、あまりあそこでの常識を魔術師のやるべき行動指針とするのは良くないと思うぞ?」
おやま。
「だけどまあ、一応あちこちの商会から人が入って本当にやっちゃいけないことはやってないんだよな?」
ギリギリな線を攻めすぎるのは元々グレーな評判があるサリエル商会には良くない行動だとは思うが、まあやっちゃいけない線を知っておくのも損はないだろう。
商業ギルドがやっても許容されることがサリエル商会でも見逃されるとは限らないと釘をさしておく方がパラティアの為になるだろうけど。
「部門内で特定の商家の人間が固まって、情報と力を握っている場合は分からないな。
商業ギルドの行動を指針にするなら法務課の人間と仲良くなっていつでも複数の人間に相談できるようにしておくと良いだろう」
アレクが言った。
「おう。
そう伝えておくよ」
◆◆◆◆
「お久しぶりです」
久しぶりに会ったパラティアはかなり地味な感じに大人っぽくなっていた。
最初に会った頃の男に媚びる為っぽいギラギラに着飾った感が完全になくなり、今は典型的ギルド職員のような非常に地味な感じになっている。
仕事ではこのくらい地味な方が面倒な事が無いのだろうけど、個人的に知り合いに会う時までここまで地味にする必要はない気もしないでもないが……下手に言及して面倒なことになるのも嫌なので外見に関しては何も言わないことにした。
「久しぶり。
仕事は上手く行っているのか?」
そう言えば、アレクの助言も忘れないように後で伝えないとだな。
「魔術学院で習った術の現実社会での使い方を色々と経験することになって、とても勉強になっています。
ウィル先輩たちは相変わらず色々と新しい魔具を世に出しているようですね」
にっこり笑いながらパルティアが言った。
「う~ん、まあ興味が赴くままに思い付いた魔具を造っているだけだからね。
上手く売れるとしたらそれはシェフィート商会の販売努力ってやつじゃないかな」
特にアレク母は凄いよなぁ。
あの女性が引退した後にもシェフィート商会が今と同じぐらいやっていけるかどうかがホルザック氏(もしくはその息子?)の試練ってやつになるんじゃないかな。
「そうですか。あそこは皆さんやる気に満ちている感じですからこれからも楽しみですね。
そう言えば、実は最近新しい部署に移ったんですよ」
甘味処の店員が俺たちが頼んだ頼んだケーキとお茶を持ってきたので、パルティアが口をつぐんだ。
「あ、そう言えばこれって見たことある?
盗み聞き防止用魔具で、そろそろ一般にも売り出していると思うんだが」
軍部とか王宮が優先して購入していたらしいが、やっと一般にも割高ながらも出回り始めたらしい。
一応商業ギルドの話をするなら人に聞かれない方が良いだろう。
魔具を起動させたのを見て、パルティアがほっとしたように小さく息を吐いた。
人に聞かれるのが心配なら、個室がある店に行けばよかったのに。
それとも、若い女性が若い男と個室で二人きりって言うのは不味いんかね?
貴族ならまだしも平民な魔術師の俺達だったらあまり関係ないと思うんだが。
昔魔術学院でスポンサー役に任命されたけど、殆ど何もやってあげなかった少女が久しぶりに登場です。