1182 星暦558年 萌黄の月 4日 海に落ちたら(24)
「1日以上海や川を漂流した後に助けられるなんてあり得るのかなぁ?」
首周りのクッションが萎んで池に沈んだ人形を引き上げながらシャルロが困った様に言った。
実施耐久(?)実験をしてみたら、ほぼ1日でクッションの空気が抜けてしまう事が判明した。
何通りかの生地で試してみたのだが、かなり高級な防水生地を魔力で加工して筒状に変形させた物だったら一昨日池に落としてから未だに凹む様子すらないので余裕で2日以上もちそうだが、手作業で縫った生地だとどうしても縫い目辺りから空気が漏れるのか、1日前後で空気が抜けてしまうのだ。
「川に流された場合だったら1日以上意識不明な状態で水の中を流れているなんてことは無いだろう。
その前に意識を取り戻して自力で岸に上がるか、意識不明でも川の湾曲部で岸に流れ着くか、海に出るかになる筈だから、空気を入れて膨らんだ状態を2日も維持する必要はないと思う。
海は……どうだろうなぁ?」
アレクがちょっと困った様に首を傾げた。
「今まで船が沈没したり海から落ちて2日以上経ってから救助された人間っているのか?」
実際に助けられる人が居ないならば1日で十分と見切りをつけていいと思うが。
「自力で泳いで2日以上も経ってから助けられたなんて人間の話は聞いた事がないな。
眠くなった時に溺れてしまうとか、体力が尽きるとか言った問題があるし、何よりも頭が浮いているだけな状態の人間はそうそう海で見つけられることが無いらしい。
数日間漂流していて助けられた人間と言うのは船の残骸とか流木とかに上手く行き当たれて、それの上に少なくとも上半身を引き上げて休んでいられた人間だと聞いた」
アレクが答えた。
あ~。
船が沈没した際にマストとか船体の一部とかが周囲に散らばれば、それに掴まっていられる可能性が高まるのか。
そうじゃなくても貨物の木箱とかでも浮くかも?
大きな木片とかがあれば近くに通りかかった船の目も引きやすいだろうし。
まあ、目を引いたところで流木や船の残骸を態々調べようと近づいてくれるかは怪しいが。
貨物が流れ出てると思ったら中身が濡れても大丈夫な物かと期待して見にくる船もある……と良いな。
近くに船が通りかかった際に発煙筒があったら注意を引くのに良いかもだが……チョーカーに付けられるサイズの発煙筒なんて無い事が判明したんだよね。
魔具で何とか出来ないかと思ったけど、素材なしに魔力使用だけで『煙を出す』っていう魔術回路は見当たらなかったし、首の周りで何かを燃やして煙を出すのはちょっと危険そうだ。
一応霧を生み出す魔術はあるからこれの魔術回路を探すって言う手もあるが、海や川で霧が発生しても人の目を引くよりも、単に発見されにくくなるだけだろう。
「じゃあまあ、1日でもう良いとしようか。
完璧を期して製造費用を高くしすぎても売れなくなるだろうし、そこまでお金があるなら水精霊と契約した魔術師でも一緒に連れて行けばいいでしょ」
シャルロがあっさり長期浮揚性能を切り捨てた。
「まあ、そうだな。
じゃあ、せめてチョーカーのペンダントトップ部分の裏を鏡面にして、光を反射しやすいようにしないか?
光っていれば人の注意を引きやすいかもだろ?
晴れてて、相手がこっちを向いてなきゃ駄目だが」
少なくとも魔石が無くても晴れていれば光る可能性があるんだ。
多少は役に立つかも?
「だったらついでにちょっとクッションの膨らむ場所を工夫して、水に入ったら鏡面側が上になるように細工しよう!
もしかしたら落ちた人が意識不明でも鏡面部分が光を反射して早期発見の役に立つかも」
シャルロが提案した。
確かに、意識が無いとかパニック状態で周囲を見回す余裕がなくても首周りで光を反射していたら発見される可能性はあるよな。
誰かに殺されそうになって海に落ちて、暫く隠れていたい場合は困るだろうが……まあ、海に突き落とされたとしても落とした犯人以外の船の乗客や船員は暗殺に加担していない可能性が高いだろうから注意を引くのが正解かもだし、良いとしよう。
どっかの船に侵入して調べ事とか何かを盗もうとかしている人間だったら最初から泳げるだろうし、仲間に拾ってもらうまでの間の為にこれを使うとしたら最初から侵入する前に鏡面側を黒く塗りつぶしておけば良い。
あまり悪事には使って欲しくは無いが。
取り敢えず、俺たちが工夫するのはこの程度で終わりかな?
そろそろ完成ですかね〜