1180 星暦558年 翠の月 30日 海に落ちたら(22)
「え、お金に困った人たちを雇って、誓約書で縛ったうえで強い酒を飲まして海に突き飛ばして試したの???
ちょっと酷くない?」
昨日やった救命チョーカーの実施実験の事をシェイラに話したら、ちょっと引かれた。
あれ~?
「ちゃんと濡れるって説明したし、絶対に誰も死なない様に俺とシャルロが傍で待機していたし、実際に殆ど誰も水を飲むことすらなかったんだぜ?
そんなに酷く無いだろ?
ちゃんと金を払ったんだし、風邪を引かない様に暖かい風呂まで準備しておいたんだし、誰も文句言っていなかったよ?」
かなり薄汚れていた奴らも居たので、実験をしている間に服を洗濯用魔具で洗っておいたら凄く感謝されたぐらいだ。
ちゃんと水精霊に頼んで風呂の間に血液中から酒やヤバい薬とかの成分も抜いてもらっておいたし。
清潔な状態に慣れていないのか、着替え終わって金を受け取った後にも微妙におどおどしているのが何人かいたが。
「流石にシェフィート商会の従業員にやらせるのも悪いと思ったから下町の金に困った連中を雇ったんでしょ?
もっと荒事に慣れた軍人にでも実験に参加してもらえばよかったのに。
海軍とかでも使い道がありそうなんだから、ウォレン老経由とか、新規航路を見つけた際の知り合った船長経由とかで何とか出来たんじゃない?」
シェイラが指摘した。
「海軍だったら泳げるんじゃないのか?
泳げないにしても、少なくとも健康だろうしあいつらの制服だってそれなりに海に落ちた時に動きやすい素材とか仕組みを使っているだろうし。
やっぱ救命チョーカーを買うとしたら豪華客船とか交易船を乗るような貴族や豪商が相手だと思うから、そう言う服を着た不健康な人間に試してもらいたかったんだ」
軍艦でもお偉い貴族とか役人を何かの式典とかの際に乗せる可能性はゼロではないが、予算的には乗るお偉いさん側で救命チョーカーを準備しろっていうんじゃないかな?
軍部って意外と予算が厳しいみたいだから、戦闘とか防衛とかに関係しない出費は優先順位が低いっぽいし。
「まあ、確かに運動不足な中年が無駄に暴れて一番溺れそうだから、そんな連中を被験者にする必要はありそうよね。
でも、絶対に王宮の役人さんとか相手にも売り込めると思うわよ~?
ウチの父親の商船なんかでも、ちょくちょくお役人がなんだかんだで転移門が使えないからって乗せてくれって言ってくることがあったから。
軍艦だって同じ感じに軍人以外を乗せていると思うわ」
シェイラが言った。
まあ、転移門はどこの街にでもあるって訳じゃあないし、ちょっと秘密な条約とか交易合意とかの話し合いをしたい場合は人目につく転移門以外の手段で行き来したい場合もあるんかもな。
そうなると確かに泳げない役人とか高位貴族や王族を軍艦に乗せる可能性はあるから、そいつらが溺れない様にする魔具は有難がられるかな?
外務省とか商業省の方に売りつける方が良い気もするが。
でも、下手に役人の方に話を持って行ったら情報が漏れて、ちゃんと特許を登録し終わる前にどっかの商会や工房に模倣されかねないかもだからなぁ。
「まあ、そこら辺はアレク母かホルザック氏に任せよう。
俺たちは特許申請を終わらせて、製造を請け負う工房に細かい点を指導したら終わりだし。
ちなみにシェイラもいる、これ?」
あまり泳ぐなんてことはしないと思うけど。
それこそ疲れた時にうっかり風呂で寝て溺れたりなんていうのが一番シェイラが溺れる可能性が高い状況な気がするが、宿の風呂は時間貸しだから寝ちゃえる程ゆったりは出来ない筈だし、森の泉は……多分うっかり溺れるような深みまでは踏み入らないよな?
それに、一応毒や食中毒対策に清早の知り合いの水精霊に常時目を配って貰っているから、溺れかけた場合も助けてくれる筈。
多分。
……後で確認しておくけど。
…………水精霊って普通の人間がどの程度で溺れるか、分かっているよな?
「いつか船で遠出するようなことがあったら貸して。
現時点では落ちて溺れるような川もこの近辺には無いし、王都への行き来は転移門だしで使い道は無いわね~」
予想通り、シェイラはあっさり断ってきた。
だよなぁ。
でもそうか、川に落ちるって可能性もあるのか。
だったら渡河用魔具を買った商家とかに売りつけるのも有りかも?
精霊って水の中でも何故か呼吸できちゃう加護持ちしか興味を示してないから、加護を与えられていない人間がどのくらいで溺れるか把握しているのかちょっと不安要素かも?