1178 星暦558年 翠の月 26日 海に落ちたら(20)
「これが海に落ちた時用の救命用チョーカーなのか?
ちょっとごついネックレスに見えるが」
試作品がそれなりな完成度で仕上がったので、ホルザック氏とズロクナに見て貰おうと呼んだら、ついでにセビウス氏と三兄弟の母親のキラ・シェフィート夫人まで現れた。
意外と船が沈没した時の不安感というのは船を使う人間には強かったらしい。
まあ、シェフィート一族だったら交易に出るにしても転移門で移動して、交易品の移動にだけ船を使えばいいんだから特に救命用の魔具が必要とは思えないんだが、商売人というのは常に安全な行動だけをとっていたら交易先の信用が得られないのかな?
「ああ。
ペンダントトップから短時間だが頭全体を覆う防水結界を展開して空気を確保しつつ頭を浮かせ、首の後ろの方の金具に刻んである魔術回路でチョーカー部分から頭を浮かせるクッションを膨らませる。
あまりしっかりとしたドレスやシャツの下に入れてあるとクッションが上手く膨らまないが、男性用のドレスシャツだったら首元のボタンを外してあればいいし、女性用のドレスも胸元を覆うレース程度だったら破けるので、何とかなる……と思う」
アレクが説明した。
男性は元々クラバットを締めている時にドレスシャツのボタンをきっちり首元まで留めていないことが多いし、男の力でグイッと引っ張ればボタンを引きちぎれるから良いんだが、女性のドレスはねぇ……。
レースじゃない、しっかりとした絹の生地とかで首元と肩をがっちり固めてるとちょっとヤバい事が実験で分かった。
ガッチリした絹で首元を覆われていると、生地が破ける前にクッションで首が絞められる感じになるんだよねぇ。
試したケレナ曰く、実際に気絶するほどでは無いがかなり圧迫感があるからパニックするのはほぼ確実にだろうと言われている。
だから、女性に売る時はペンダントトップをお洒落にして胸元が開いた服に見える様に身に着けるか、首元までカバーして救命用チョーカーとは別に服の上に別のネックレスを付けるなら、レースをふんだんに使った生地でないと上手く機能しないと使用説明書に書かないとダメだろうな。
「で、この男性用のを嵌めて飛び込めばいいんですね」
ちょっと嫌そうな顔をしつつズロクナがメダリオンっぽいペンダントトップ型の救命用魔具を首の周りに留め、屋敷船の甲板の端に近寄った。
やっぱ機密保持とかの重要性があるからね~。
現時点では口が軽いかも知れないそんじょそこらの船員を使うのも不味いかもということで、ズロクナがまずテスト要員となることに決まった。
上手くいったら、次にセビウス氏も飛び込んでくれると言っているんだから凄いよな。
まあ、シェフィート一族のアレクで色々と実験しているんだから、商会トップ一族が最初から水に浸かって実施実験しているんだけど。
ちなみに、今日は来ていないが先日ケレナに何種類かの古いドレスを着て飛び込んでもらって、ちゃんと救命用チョーカーはレースなら破って何とかなることを人間でも確認できている。
女性用のドレスは人形で散々確認したんだが、何着もドレスを破くのは嫌だったから何度もレースを縫い戻したりして実験したんだけど、流石に最後は破られていない本物のドレス(古着だけど)で試した。
レースって模様の部分によって強度が違うせいで部分的に破れなかった箇所もあったが、一応頭が浮く程度にはクッションが膨らんだので、大丈夫な筈。
まあ、実際に売り出すことになったらきっとアレク母がしっかり女性を使って実験をしてくれるだろう。
やっぱ女性に荒事(?)を頼むには、女性の立場から命じて貰う方がやりやすいからねぇ。
俺たちはつい遠慮しちゃうから。
「おう、頑張ってくれ」
セビウス氏が笑いながらどん!とズロクナを突き落とした。
「うわ?!」
慌てたような声が聞こえたし、俺らとホルザック氏もちょっと驚いて急いで甲板の縁から覗き込んだが、下ではズロクナが普通に浮いていて、顔の周りにクッションが広がりつつあるところだった。
「突き落とさなくても良いでしょうに~!」
下からズロクナのちょっと憤慨した声が聞こえてくる。
「浮遊」
シャルロが術を唱えてズロクナを引き上げた。
「いやぁ、ズロクナは泳げるし海に慣れているしで、突然突き落とされるぐらいのびっくりした状態じゃないとテストの現実性に欠けるだろ?
上手くいったみたいだし、私も試してくるよ」
ズロクナが報復に動ける前にさっさと笑いながらセビウス氏が海に飛び込んだ。
今度は両手を揃えて頭から飛び込む、ちゃんと綺麗な飛び込み方だった。
へぇぇ、セビウス氏って泳げるんだ?
アレクが特に泳ぐのが得意と言う訳では無かったから、シェフィート家の方針として子供たちに泳ぎを叩き込んでいる訳ではないようだが……本人的に船に乗るからにはその程度の準備はしなければってやつなのかな?
アレクは魔術師だから泳ぐのが得意でなくても何とかなるもんな。
まあ、沖で船が沈んだ場合は長時間魔力で浮遊で浮かんでいられる訳ではないが……急いで陸に向かって飛べば、ある程度の距離ならば疲れ果てる前に陸地に着けるだろう。
誰かを助けようなんてしたら色々と難しくなるが。
見ている間に、ぷっかりとセビウス氏の頭が浮かんできて、首周りのクッションが膨らみ始める。
うん、いい感じに浮かんでくるね。
後はもう、ペンダントトップ側のデザインとかを頑張って貰って売り込むだけかな?
今年はもう終わりですね〜。
色々あったけど、くっそ暑い夏が終わったらあっという間な感じでした。
来年もご愛読お願い申し上げます。
良いお年を!