1177 星暦558年 翠の月 23日 海に落ちたら(19)
何度か姿勢を変えてアレクに海に落ちて貰い、結局殆どの場合で海面下に落ちた場合は海面に上がるまで息を止め続けるのがかなりの問題であるという結論に達した俺たちは、工房に戻ってペンダントトップから頭全体を覆うような球形の防水結界を展開する様に改造した。
ちなみにアレクは毎回清早が乾かしていたがそれなりに疲れたし冷えたとのことだったので、じっくり家で風呂に入っておいてもらった。お陰で特に体調も崩さずに済んだようだ。
考えてみたら、これから涼しくなっていくとしたら海の飛び込む実験をやって貰う被験者が風邪を引くかもしれないなぁ。
そうなったら俺たちが治療費を払う羽目になるのか?
まあ、屋敷船で実験する分には風呂を用意しておいて、飛び込んで上がって来たらすぐに風呂に入って貰えば良いかもだけど。
甲板にお湯を入れた風呂を出しておいて、そこで暖まりながら飛び降りた感想とかを聞くのもアリだし。
身体が暖まってから服を脱いで体を拭いて着替えれば、体調を崩す確率も下げられるだろう。
多分。
女性にドレスっぽい服を着て試してもらう時にはどうするか、ちょっと悩ましいが。
富裕層向けに売るんだったら女性相手にも試さないとだからなぁ。
塩水に付けたりしたらドレスって多分台無しになるんだろうから、実験用に台無しになって構わない服もアレクにでも古着屋で入手しておいて貰わないとだな。
あとはマジで金で被験者を釣らないと。
富裕層の奥様お嬢様程度の体力しかない女性を見つけるのは困難を極めそうだけど。
まあ、取り敢えずそれはさておき。
試行錯誤の末、最終的にはちゃんと胸から胴体ではなく、首から頭に掛けて結界が展開する様にペンダントトップのついたチョーカーっぽい形にして首周りの部分にも魔術回路の一部を通した試作品が出来上がった。
ちょっと目立つし他のネックレスを付けられなくなるが、諦めて貰おう。
ペンダントトップ部分のカバーをお洒落にするようシェフィート商会の女性陣に頑張って貰いたいところだ。
で、それを嵌めた人形を庭の池に落としたのだが・・・。
「あれ?」
「沈まないな?」
「足は沈んでるけど頭は浮いてるね」
頭をすっぽり防水結界で空気の膜に覆わせるとその部分が軽くなるのか、頭から飛び込むような形で落としたのに、あっさり体が反転する感じで水面に人形の頭が浮いたのだ。
驚いて見ている間に防水結界を展開する魔石が尽きたのか、水面から2イクチぐらい浮いていた人形の頭が水面にボチャンと落ちたと思ったら、静かに頭が沈み始めたが。
その頃には背中のクッションも膨らみ始めていたので人形全体は水面の上に浮き続けていた。
「……これってさぁ。
もう、ベルトもサスペンダーも無しに、チョーカーとペンダントトップだけで良くね?
まず頭周りの防水結界で頭を浮かして、浮いている間に首の周りでクッションを膨らませればどうだろう」
首周りにクッションが膨れ上がっていたらちょっと足元とか見難いだろうが、海に落ちたら足元を見る必要なんてそれ程ないだろうし、身体を曲げれば見えない訳ではないのだ。
水面で創風の魔術回路を動かすのだったら実質送風で良くなるからクッションも直ぐに膨れ上がる筈。
「ベルトとサスペンダーなしで済む方が小さくなるし、装着も簡単になるよね。
船が沈む際に引き込まれたりした場合にどうなるかを確認した方が良いだろうけど」
シャルロが小さく頷きながら言った。
「男性はクラバットなりシャツなりの下にちょっと緩めのチョーカーを付ければ目立たなそうだな。
まあ、その場合はクッションが膨れ上がれるようにシャツのボタンを外してから海に飛び込めと注意書きに大きく書いておく必要があるだろうが」
アレクが付け足す。
そっか、ちょっと緩めにしたら首元を覆うドレスだった女性も自分の好きなネックレスを服の上から付けられるな。
あまり沢山首の周りにじゃらじゃら付けていると肩が凝りそうな気もするが。
「取り敢えず。
ベルトは無しにして、チョーカー部分からクッションが膨らむように改造しようか!」
シャルロが人形を池から引き揚げながら言った。
ついでにきちんとした服を着たままその救命チョーカーをして水に飛び込んだらどうなるか、後で試さないとだな。
まあ、先ずはちゃんと思う通りに体を浮かせる効果があるかの確認だ。
頑張って改造してきたベルトとサスペンダーですが、装着がちょっと面倒だし見た目もちょっと微妙かな〜と本人たちも思っていたので結局没に。