1176 星暦558年 翠の月 22日 海に落ちたら(18
「ぶはぁ!
ッゴホ!!ゴホゴホ!」
海面に上がってきたアレクが顔が出た途端に勢いよく息を吐き、大きく息を吸おうとして咽ていた。
「浮遊」
アレクが自分で術を唱えるだけ集中するのにもう少し時間が掛かりそうだったので、此方から術を掛けて引き上げる。
やっぱ海に落ちて暫く呼吸が出来ない状態の弊害って、水精霊の加護持ちじゃあ分からないよね~。
呼吸が苦しくなるだけでなく、海上に飛び出して慌てて息を吸おうとしたら咽る可能性があるのかぁ。
「どうだった?」
やっと咳が収まったアレクにシャルロが尋ねる。
「船が沈んだ際に引き込まれる様な状況も考えて、深く沈むように下向きに飛び込んで、自力で泳いで上がらずにクッションに任せて浮かぼうとしたら、思ったよりも時間が掛かった。
あれじゃあ私みたいに飛び込む前に深く息を吸っていなかった人間には息を堪えるのは無理じゃないか?」
アレクが指摘した。
あ~。
「でもさ、うっかり船から落ちる場合だったら案外と平らに落ちてそれ程沈まないだろうし、沈みかけている船から自発的に飛び降りたんだったらちゃんと深呼吸してから飛び込まない?」
シャルロが反論する。
「沈みそうな船から慌てて飛び降りる際にちゃんと呼吸を飛び込むタイミングと合わせられるかは微妙かも?
船乗りならまだしも、金持ちの貴族なんかは体を動かすのと呼吸を合わせるのに慣れて無さそうだ」
社交的な人だったらダンスとかで体を動かしているかもだが……あれって呼吸とかも意識してるんかな?
「う~ん、だったらいっそペンダントトップから頭を覆う感じで防水結界を展開するようにする?
少なくとも結界内の空気が尽きるまでだったら呼吸が出来るから、本当に頭を殴られて海に落ちたとかじゃない限り、気絶しないと思うんだけど」
シャルロが提案する。
「水に触れた瞬間に球形の防水結界を頭の周りに展開したら、それで体が沈むのも防げるかもだな。
ただ、結界だけで物理的に水を押しのけようとするとかなり魔力を使うぞ?
クッションみたいに一度膨らめばそのまま浮くのを助けてくれるのと違って、結界だと魔力が尽きたら無くなるから顔を浮かせるのすら出来なくなるし」
まあ、顔を浮かせるクッションと防水結界と両方をやるのも大金を払う気があれば可能だが……流石にそれを買ってくれる経済力がある心配性な人の数は激減しそうだ。
「防水結界の空気をクッションにも使えれば良いんだけどなぁ。
と言うか、同時に魔具を動かしたら防水結界内の空気もクッションに取られちゃうかも??」
問題に気付いたシャルロが慌てた感じに手を振った。
「ある意味、ある程度の時間が経ったら空気が濁って呼吸に適さなくなるから、その後からだったらクッションに使われても構わないが・・・どうだろうな?
一度実験してみるか?
水を物理的に押しのける防水結界がどの程度の魔力を必要とするか確かめる必要があるし」
救命用魔具に使うのは中型の魔石一個がせいぜいの価格的限界だと思うから、まずはそれでどの程度の時間結界が保てるかの実験だな。
しかも中型の魔石でもかなり高級品になるから、それこそ陸に上がった際に船室に置きっぱなしにしていたらあっという間に盗まれる可能性が高い。
いざという状況にならなきゃちゃんとした魔石か、適当にそれっぽく見えるガラスや水晶の塊かなんて魔術師じゃないと分からないとなると……マジで救命用魔具の魔石の抜き取り防止も管理者にとっては頭が痛い問題になりそうだ。
それに船を沈めて誰かを死なせようと狙われた場合なんかだったら、まず最初に救命用魔具の魔石を抜くだろう。
魔石を入れている部分を簡単には開けられない構造にするにしても、定期検査で魔石をチェックしたり使用後に交換する必要があるから、絶対に開けられない構造には出来ない。
そうなったら昔の俺みたいな裏社会の人間にとっては良い金蔓になる。
貴族や大富豪の屋敷に忍び込んで隠し金庫を漁るよりも、適当に港に停泊している船や商会の事務所の引き出しや戸棚から盗み出す方が楽だし、一個ごとの単価が低いにしても魔石の方が売りさばく際に足が付きにくい。
まあ、販売後の管理に心配するよりも、取り敢えずは水を押しのけるような防水結界が現実的かが最初の問題だよな。
顔を覆う透明なクッションが展開できたら一石二鳥だろうけど難しいですねw