1174 星暦558年 翠の月 18日 海に落ちたら(16)
「駄目だこりゃ。
お洒落な飾り紐っぽいのでも首の前にクロスさせる形にしてそれを膨らませよう」
でろんと池にうつ伏せに浮かんでいる人形を見て、ため息を吐きながらシャルロが言った。
サスペンダー付きベルトの構造を変え、前面のベルトバックルもどきに魔術回路を入れた上で肩の横でクッションが膨らむようにしたのだが・・・。
どうしても外向きにクッションが膨らんでしまった場合、首がでろんと曲がるせいで口と鼻が水面下になってしまうことが多いのだ。
もしかしたら肩が凝りすぎて首が曲がらない人だったら肩にある浮き輪で顔が水面上に浮くかもしれないが、俺たち3人とパディン夫人の首の可動域を模した人形だと、鼻の穴まで水に浸かってしまった。
クッションを大きくするとそのうち口までは浮かぶようになるのだが・・・意識が無い人間って鼻がふさがれていたらちゃんと口を開いて呼吸するのだろうか?
しかも口が水面から上がるぐらいまでクッションが膨らむまでにそれなりに時間が掛かるしで、かなり確実性に欠ける結果になった。
「お洒落な飾り紐っぽいのを作るのが面倒だろうが、左右のサスペンダーのベルトに繋がる形だったら比較的変に場所がずれずにクッションを展開できるから、意識不明でも溺れない可能性が高まる。
サスペンダー付きベルトなんぞしている時点でお洒落度は微妙なんだから、この際飾り紐があっても良いんじゃない?」
見た目より命の方が重要って事で。
「肩から左右に膨らますよりも、飾り紐沿いに膨らます方が必要な空気が減るし、早く膨らみそうだからどちらにせよ実用性が高まるよね」
シャルロが頷きながら言った。
「何だったらペンダントトップっぽいお洒落な飾りにしたら、見た目が良くなるかも?」
アレクが提案する。
確かに。
態々ペンダントをしている女性は多いのだ。
男だって首の周りに蝶ネクタイとかクラバットを巻いて締め付けている人間も多いのだ。
お洒落なデザインを誰かに頼めば、新しい船上お洒落として受け入れて貰える・・・かも知れない。
受け入れられない人は、海へ落ちるか飛び込む場合に絶対に意識を失わない様、頑張ってもらうしかない。
「ぷっくり胸上部の中央でボール型に膨らむようにしたら顔を浮かせるのも楽そうだな」
細長いクッションよりも球形な厚みのあるボール型の方が、少ない空気で顔を浮かせられる筈。
「男性だったらジャケットの下に着て上からクラバットを締めれば見えないから、特に工夫しないで実用的なので良いと思う。
だから女性用のだけお洒落なのをデザインすれば良いんじゃないかな?」
シャルロが言った。
クラバットかぁ。
あの首の周りに締める生地ってどこかに引っ掛けたら首が締まりそうで俺的には絶対に御免だと思うんだが、確かに首元がお洒落に見えないことは無いかも?
だが、甲板から落ちたら溺死一直線な船の上で、首の周りを締めるような服装をするんかね?
まあ、それのお蔭で救命用の魔具が目立たないなら丁度良いのかもだが。
「と言うか、考えてみたら女性用にはネックレスみたいのを首に掛けておいて、それのペンダントトップが膨らむ形にしたらどうだ?
まあ、船から落ちる段階でうっかりネックレスが背中側に回ってしまったら意味が無いが」
ペンダント型にしておけば、サスペンダーと繫ぐ必要が無い。
何だったら首の後ろでサスペンダーに繋ぐ形にでもしたら、ペンダントトップ側が確実に胸の前に来るように固定できるんじゃないか?
それこそお洒落に拘りたいなら上にペンダントトップのカバーに宝石なり金細工なり付けるのも可能だし。
そこら辺は自腹でやってくれって感じだがな。
「確かに女性用にはそれが良いかも知れないな。
母と義姉にでも、ちょっと大き目なペンダントトップとして許容できるサイズがどの程度になるか、聞いてみるか。
シャルロも家族に確認して貰ってくれないか?」
アレクが頷く。
まあ、貴族は貴族でぎょっとするほど大きな宝石を付けたペンダントを付けることがあるんだから、大きさは無制限っちゃあ無制限じゃないのか?
まあ、あまり大きすぎるとちょっと下品に見えたり、肩が凝ったりと言った問題があるが。
取り敢えず、ペンダント型の救命具を作ろう。
体全体を浮かす為の背中や腰回りの分と、二つにすればクッションが膨らむ早さも改善されそうだし。
将来的には船では妙に大きなペンダントを着けるのが流行ったり?