1173 星暦558年 翠の月 16日 海に落ちたら(15)
「う~ん、背中にクッションを展開させて浮かぶのって意識があったらそれなりに気持ち良くプカプカ出来るけど、意識不明だったらうつ伏せに浮かぶ可能性も高いのが痛いねぇ」
庭の池に2メタ程の台の上から投げ込んだ救命ベルトを付けた人形が、クッションに支えられてうつ伏せに浮かぶ姿を見ながらシャルロがため息を吐いた。
甲板から海面への高さって金持ちが乗るような船だったら3メタとか、豪華客船だったら10メタ以上になるのだが、そんな台を作るのは面倒だし村の住民たちから変に注目を集めそうなので取り敢えず2メタでやっている。
やっていることは、適当に俺らの体重と同じ程度になるよう重さを調整した人形に救命ベルトを付けて、色んな姿勢で放り込んでいるだけなのだが・・・。
ここ2日かけて研究した結果、ベルトが濡れたらちゃんと魔術回路が空気を集め始めて膨らむところまでは上手くいくようになった。
薄くて丈夫で防水性もある生地は、ちょっと高かったがシェフィート商会が行商用の馬車の幌に使っているのを流用して使ってみたら悪くなかった。
が。
落とした時に顔を上にして浮くかどうかは完全に運頼みなんだよなぁ。
自分で飛び込む時は、ちゃんと顔を上にしようと動くからジタバタしながらも水面の明かりがある方へ顔を向けておけばベルトからクッションが膨れ上がってきて、暫く待てばいい感じに背中を支えて浮けるのだが、これって顔を下向にしてクッションが水面上に浮く形でも安定するのだ。
つまり。
海に落ちた時に意識を失ったら助かるか否かは五分五分。
高い魔具を買ってもそれでは苦情が来るだろう。
まあ、海に落ちる際に意識を失わずに頑張れと言う説もあるし、意識さえ保てれば少なくとも溺死する可能性が激減するというのは大きな売りだとは思う。
だけど、やっぱ俺たちの救命ベルトをしていたのに溺死してましたって言うのはねぇ。
不味いだろう。
「腹回りだけでなく、顔が水面から上がるように胸の前でもクッションが大きく展開する様にしたら意識が無くても大丈夫なんじゃないか?」
アレクが指摘する。
「だが、サスペンダーを胸の前でもクロスさせたらちょっと目立ってみっともなくないか?
クロスさせないとなるといつの間にか捻じれていて顔の前じゃなくて腕の方にクッションが膨らむ可能性がありそうだが」
今回のサスペンダーは背中でバッテンになる形にしてあり、ベルト部分とバッテンの上半分からクッションが膨らむようにしたことで比較的良い感じに肩が浮く様になった。
バッテンだから変に捻じれたら分かりやすいのだが・・・サスペンダーの前の部分は目立たない様に肩からすとんとウエストの方へ繋がっているだけなので、これが捻じれても分かりにくいし、海に入る際の衝撃で捻じれる可能性だってある。
「肩の所が持ち上がるんだから、胸側じゃなくって腕側に膨れ上がっても顔が水面に浮かぶ位沢山空気が入るようにすればいいんじゃない?」
シャルロが指摘した。
あ~。
確かに?
「取り敢えず、それで試してみるか」
アレクが言った。
「そうなると・・・まずは顔を浮かべる為に、空気が集まる場所を前側の肩の横辺りを優先して、それから背中とお腹周りかな?
魔術回路を腰部分に付けるんじゃなくて、ちょっと平べったくて大きなベルトバックルっぽいのに入れる形にするか?」
魔術回路が折れたり破損したりしないようにそれなりに頑丈な基盤に付ける必要がある為、1ハドぐらいの板っぽい部品が腰部分にある形になっていたのだが、それだとどうしても背中側から空気を送り込むことになってしまう。
先に決めた場所が空気で一杯になってから他の部分が膨らむように出来ないか、色々と試したのだがどうも変に『ここが膨らみきるまでこちらには空気を入れない』という細工をすると、ちょっとした捻じれがあった程度で全部に空気が入らないなんていう残念な結果になることがあるのだ。
だから膨らむ優先順位は魔術回路への近さに任せていたのだが・・・今の形ですら全部が膨れ上がりきるのに2ミル近く掛かるのだ。
肩の横のクッションが最後に膨れ上がる頃には、意識が無かった場合なら装着者はとっくのとうに死んでしまっているだろう。
「まあ、お洒落なベルトバックルだってあるし。
女性用に可愛いのとか綺麗なデザインのカバーを選べる形にしたらいいんじゃない?」
シャルロが言った。
女性ってベルトなんてほぼしないと思うんだけどな。
だけどまあ、新しい船上お洒落だと思って受け入れて貰えるよう、魔具としての部分が出来上がってからアレクの母親とか義姉とかに頑張って貰うか。
最終的には意識があるなら浮上出来るまでクッション内の空気を吸える形に出来たら良いんですが、難しそう・・・