1172 星暦558年 翠の月 14日 海に落ちたら(14)
「常時つけていても邪魔にならないとなったらやっぱベルトだよね~?」
シャルロが今までの実験に使っていた袋を細長く折り曲げて腰に巻きながら言った。
「素材と折り曲げ方を工夫して、魔術回路が起動したらそれが良い感じに膨らんで顔が持ち上がる形で浮かなきゃだけどな」
単に腹回りにぐるっとクッションがあるだけじゃあ駄目だろう。
「サスペンダー付きのベルトにして、背中の部分に沿ってクッションが広がるようにしたら頭が持ち上がらないか?
本来ならサスペンダーを使う場合はベルト無しになるが、流石にサスペンダーだけではちょっと厳しいだろうし女性の服だったらサスペンダーを留める先が無い事も多い」
アレクが付け足す。
そう言えば、サスペンダーってウエスト周りが大きすぎるおっさんがベルトの代わりにズボンを吊るすのに使う事が多い印象だよな。
そう考えると女性はほぼ使わないだろうが・・・目立たない色でベルトと合わせて通常は細い形にしておいたら、女性でもお洒落アイテム的に身に着けておけないことも・・・ないと期待しよう。
まあ、晩餐会とかパーティみたいな着飾る時は流石に身に着けてくれない可能性が高いが。
薄くしたらドレスの下に着けられる可能性はあるか?
「考えてみたら、豪華客船だったら夜にパーティとかするのか?
男の燕尾服とかはまだしも、ドレスを着た女性なんてそれこそ魔具の救命具が無ければ絶対に海に落ちたら助からないだろうから是非とも身に着けるべきだとは思うが、ドレスの下にベルトとサスペンダーを着用したとしても、濡れた場合にそれが膨れるだけの生地の余地があるんか?」
女性のドレスって通常時でも自分一人じゃあ着脱出来ないのが多いって話だ。シェイラの普段着みたいのならまだしも、晩餐会みたいガチガチなドレスだったら下に救命具を付けていてもそれが膨れ上がれるように服を緩めるのも自分一人では無理そうな気がする。
ナイフを持っていて服を切り裂けるなら良いが・・・そうじゃないと、背中とか脇の下に小さなボタンでちまちまとぴっちり留めてあるドレスではどうしようもないだろう。
「船で晩餐会とかパーティにドレスを着るような富裕層だったら・・・絶対に船は沈まないと信じるか、小型のナイフでもガーターベルトに挟んでおいてそれでいざという時は服を切り裂くしかないかな?」
シャルロがちょっと物騒なことを言いだした。
「え、富裕層の女性ってガーターベルトにナイフを挟むんか?!」
裏ギルドのメンバーだったら女性でも護身用にナイフや剃刀をどこかに隠し持っていることは多いって話だが、貴族の女性とかもそんなことするのか???
「どのくらい危機意識を持っている家門かによるね~。
政敵が多い家なんかだったらちょっと休憩に出た時に変な小部屋とか庭に連れ込まれて付き合っていることを既成事実化されないように、それなりに身の安全を守る手段を教えているらしいよ?」
シャルロが言った。
マジか~。
まあ、権力者の妻や娘は狙われやすいだろうし、妻はまだしも未婚の娘は下手に嵌められて婚姻関係を強いられるとか、これから締結する筈だった婚姻関係を破談へ追い込まれるとかって危険性はそれなりにあるんだろう。そう考えると、女性は男の力で無理強いされそうになった時にスパッと相手に痛みを与えて逃げる隙を作るために刃物は必要かも。
そこまで危機意識を持っていそうな女性は少ないと思うが。
「まあ、晩餐会の時にピンポイントで船が沈んだら諦めるしかないとしておいて、取り敢えず普通に服の上から大して邪魔にならずに身に付けられるサスペンダー付きベルトの魔具と言う形にしよう。
邪魔にならないサスペンダーとベルトの形と言う制約下で如何に実効性のあるクッションを素早く膨らませるか、工夫が必要だろうが」
アレクが話をまとめた。
確かになぁ。
どういう織り畳み方をしたらクッションを薄く小さく邪魔じゃない形に出来るかとか、どこに魔術回路を入れるかとか、色々と試行錯誤が必要そうだ。
キツいドレスの下でベルトが膨らむとどうなるんだろ?