1171 星暦558年 翠の月 18日 海に落ちたら(13)
「やっとギリギリ死んじゃう前に膨れるようになったかな?」
深い所に引き込まれた際に膨らまないのは困るので、俺が沈没状況を試した方の魔術回路を浅い所でもっと早く膨らむように色々と工夫したのだが、結局どうしてもアレクに息を止めさせたら『無理!!』と言われる限界を越えられなかった。
ちなみに、俺やシャルロだとつい苦しくなると普通に水面下でも呼吸しちゃうから、イマイチ本当に苦しい時にどのくらい保つかの被験者に向いてない事が判明した。
そこで試行錯誤の末に諦めて方向転換し、シャルロ試した方の魔術回路を改造して何とか空気を集める有効範囲を広げて沈没時にも機能するように変更しようとここ3日程頑張ってきた。
一々海まで行くのが面倒だったので、沈没時の船に引きずられるのが終わった程度の深さまで庭の池を掘り下げて実験している。
普段から立っても足が付かないぐらいな深さなので誰かが落ちたら危険であることは変わらないのだが、流石にここまで深いとそれこそ誰かの死体が沈んでいても分からないなんて状況になりかねないので、一連の実験が終わったら埋め直す予定だ。
まあ、そこら辺中に野原や森があるのにそっちに埋めるのではなく俺たちの家の庭の池に死体を沈めようとするような人間がいるとは思わないし、やっても清早か蒼流が教えてくれる(というかやらかしている連中をその場で拘束しそうだ)と思うが、何か落とし物をした時なんかにも面倒だからね。
「次はどんな形に膨らませたらそれこそ意識が無くてもちゃんと顔が浮くかだよねぇ。
意識があって暴れていても顔が浮きやすい形にした方が良いだろうし」
シャルロが言う。
「ちなみに、意識があって暴れると沈みやすいのか?
泳ぐために動こうとしていると考えると意識がある方が良いと思うんだが」
人間は泳ぐと浮くんだから、意識がある方が良いんじゃないのか?
まあ、俺なんかは泳ぎ方を知らないんで意識があったところで何をしたらいいのか微妙に不明だが。
「う~ん、変な風に力を入れてじたばたすると却って頭が沈むことはあるらしいからねぇ。
平らになって浮こうとすれば良いのに、無理に頭を上げようとして縦向きに体を上げようとすると却って沈むんだと思う。
それに自分一人で暴れている分にはどの程度問題があるのか知らないけど、誰かを助けようとしてパニックしている相手に変な感じにしがみつかれたりして二人とも溺れるなんて言う事件も良くあるって話だし」
シャルロがちょっと首を傾げながら教えてくれた。
へぇぇ、そうなんだ。
「そう考えると、クッションが膨らむにしても助けに来る人間が掴まえやすい形じゃないといけないのかな?」
と言うか、救命ベルト(多分)を身に着けているなら、一緒に海に入って助ける必要はない気がするが。
さっさと船に引き上げてやれば良いんじゃないか?
まあ、二人とも海に落ちていて船も小型ボートも傍にないとなったら一緒に泳いで岸まで行こうって話になるが。
「・・・複数人が救命ベルトを付けた状態で海に落ちて、泳げない人間を他の人間が誘導なり引っ張りながら岸に向かうことになるとしたら・・・パニックになった人間が誰かにしがみついてもその人間を水面下に押し込んだりしないような形にはした方が良いだろうな。
引っ張りやすいように紐何かを付けてもそれが船に絡まって沈んだりしたら不味いから、引っ張る方法に関しても工夫が必要そうだし」
アレクが言う。
なんかさぁ、複数人で海に落ちたら、泳げない人間は諦めるしか無くね?
運命に任せて漂って、運よく陸に着くとか、船に拾われなかったら諦めましょうって感じで。
泳げないのに船に乗る方が問題だろ。
とは言え。
貴族が乗っているような船が沈没した際に、乗客の傍に船員が居たら見殺しにしたのを後で咎められる可能性はあるか。
客が全滅すれば咎める人間も居なくなるが、一部が生き残ったら自分の家族なり知り合いなりを助けなかった船員を責めるなんて事になりそうだ。
そうなったらやっぱ、それなりに誘導しやすい感じにしないとだな。
ある意味、暴れて邪魔なんだったらガスっと鳩尾の辺でも殴って意識を落として引っ張れるように、鳩尾辺りは開けておく方が良いかも?
泳ぎながら鳩尾を殴るのは難しそう・・・?