1168 星暦558年 翠の月 11日 海に落ちたら(10)
「今回は半ミルちょっとだな。
深さによって大分と速度が違うとなると・・・船が沈む際なんかは一緒に深くまで引きずり込まれるとか、うっかり船倉に居て一緒に一度沈んでから逃げる羽目になるとかだから、もっと深い場所でも機能するか確認する必要があるな」
アレクが俺が海から浮いて出てきたのを見て時間を確認しながら言った。
「でもさ、船に巻き込まれて沈むとか船の中に居て沈む場合って、船と一緒にそれなりに沢山の空気も巻き込まれて沈むから、浅い所とあまり変わらなくない?」
シャルロが指摘した。
船が沈む時にどのくらい空気が巻き込まれるのかは知らんが・・・確かに一理あるかも?
実際にどんな感じなのかは知らんが。
「クリシファーナ号ってまだ修理してないよな?
あれって一応底に穴が開いていたし、一度中の水を抜いてから海面に出してもそのままだったら又すぐ沈むだろ?
それに巻き込まれる形で沈んだ時にどうなるか、実験してみたらどうかな」
俺やシャルロが船が沈む際に一緒に引きずり込まれるかは微妙なところだが・・・流石にアレクにそれをやらせたら危険そうだから、一緒に沈む感じに海水の流れを阻害せずに俺とシャルロを動かしてくれって蒼流なり清早なりに頼んでおかないとだな。
「・・・なんかこう、救命用の魔具に使う魔術回路の実験の為に船を沈めるなんてなんとも微妙な心境だが、まあ元々穴が開いている船を活用するだけだからな。
それで良いか。
先にもう一つの方の魔術回路の作動状況も確認してから、両方一緒にシャルロとウィルで試したらどうだ?
2回も船を沈めるのも面倒だろう」
アレクが提案する。
確かにそうだな。
クリシファーナ号が沈むのを目撃した人間がいたら騒がれるかもしれないし。
「そんじゃあこっちを持って飛び込んでくれ」
シャルロにもう一つの魔術回路を付けた袋を渡し、甲板の端から飛び込むように頼む。
普通に端から歩いてドポンと落ちるより、飛び込む方が現実的な感じだろう。
ついでにそれで沈む深さの違いが分かったら参考になるかもだし。
と言うか。
考えてみたら、甲板から突き落とされて海に落ちた場合、あっさり浮かんできても船の上に居る人間から助けて貰えるかは怪しいかもだよな。
それこそ豪華客船か何かで、乗客の一人が別の客にこっそり突き飛ばされたっていうなら直ぐに海面に浮いて大声を上げれば何とかなるかもだが、交易船で誰かが甲板から突き落とされるとなったら・・・他の船員が消極的にでも合意している暴動とか乗っ取りっぽい騒ぎの結果って可能性が高そうだ。
まあ、それなりに高いであろう魔具の救命ジャケットなり救命ベルトなりを買って使うのは豪華客船の客の可能性が高いから、客同士の小競り合いで突き飛ばされるケースもそれなりにあるかもだが。
と言うか、豪華客船の客用だったらマジでそれなりにお洒落と言うか邪魔にならないデザインにしないと使ってもらえなそうだな。
「そんじゃあ、行ってきま〜す」
両手を頭の上で合わせてシャルロがひょいッと下にしゃがみ込むような感じで『とぽん』と飛び込んで行った。
へぇぇ。
「ああいう風に飛び込むと、あまり泡も音もたたないんだな」
シャルロが消えた海面は誰かが沈んだと思えないぐらい普通だ。
池の水だったらまだしも、波がある海じゃあどこから入水したか殆ど分からないぐらいだ。
「オレファーニ侯爵領の本邸にある湖で飛び込んだり泳いだり湖底を歩いたり、色々と子供のころから楽しんだらしいから泳ぐのは得意だって話だからな」
アレクが教えてくれた。
「家に湖があるんかい。
まあ、レディ・トレンティスの屋敷ですらめっちゃ広かったもんな。
領地にある侯爵家の本邸ともなれば、王宮程度のサイズになっても不思議はないか」
シャルロの婚約式に行った時は領都にある転移門から最寄りの門を通って本邸に直行して、ちょろっと表側の庭にある式の場所に行っただけだから、裏の庭の方は特に見てないんだよな。
あっちに湖があったんか。
ざぱん。
シャルロが上がってきた。
「ふむ。
こっちも1ミル程度か。
どちらも飛び込む程度の深さだと大して違いは無い様だな」
アレクが時計を確認して呟く。
「あ、でもさっきより深く潜ってたっぽいよ?」
甲板の上で飛び込む時に持っていた縄を先ほど持っていた縄と並べ比べたシャルロが声を上げる。
へぇぇ。
ちょっと深くても同じ程度の効果が発揮できるなら、こっちの方がいいかも?
まあ、最終結論は沈没する船と一緒に沈んだ時の作動を確かめてからだな。
その前に俺ももう一度突き落とされないと。
本邸と言うか直轄地って感じかも