1166 星暦558年 翠の月 11日 海に落ちたら(8)
「なあ、考えてみたらこの救命ジャケットの生地って何を使う?
大抵の水を通さない生地って汗を吸わないから着てたら暑くてたまらなくないか?」
翌日、朝食後のいつもの話し合いの場でお茶を飲みながら俺は昨日シェイラと話している時に気付いた点について指摘した。
「救命ジャケット?
良い名前だけど・・・確かに、考えてみたら空気を溜めておける生地って空気も水も通さないからこそ普段着ている分には凄く居心地悪くなりそう〜」
シャルロがうぇっという顔をした。
シャルロって意外と暑いのに弱いよなぁ。
まあ、通常は蒼流がそれとなく温度を快適な感じに維持している気がするが。
それでもやりすぎないように気を使っているのか、本当に暑い時はシャルロもそれなりに暑そうな顔をしている。
シャルロの傍って絶対多少涼しいと思う。
俺も清早に同じことを頼めば良いんだろうが・・・まあ、暑いのって寒いのに比べればマシだし、寒いのへの対処って水精霊はイマイチ苦手っぽいから何も言っていない。
「改めて考えてみると、防水仕様で汗をかいてもべたつかない生地なんてほぼ存在しないか・・・目が飛び出る程高くて実用的では無いな。
そう考えると、服という形はダメか?」
アレクが眉を顰めながら言った。
「服が駄目ってことは・・・何か首の周りに膨らむ生地を収納した首輪でも付けるか?」
裁判待ちの逮捕された魔術師が付ける一時的な魔力封じの首輪みたいで微妙にイメージが悪そうだが。
「流石に首の周りって言うのは印象が悪いし、魔石や魔術回路を色々と付けたら重くなって肩が凝りそう。
それよりはベルトで何とかならないか、試してみた方が良いかも?」
シャルロが指摘する。
「意識があれば腹回りに空気の詰まったクッションがあれば浮いていられそうだが、意識不明になった時に腹だけ浮いていても溺れそうじゃないか?」
首周りに空気の入ったクッションがあって浮いているんだったら確実に呼吸は出来そうだが、その点腹ってイマイチな気がする。
第一、腹回りさえ浮いていれば溺れないなら、腹に大量に脂肪をため込んでるデブな豪商とかも海や川に落ちても溺れないで済むだろう。
デブが溺死しにくいという話は特に聞かないから、腹回りだけじゃあ駄目だと思うぞ?
「元々、水に落ちたら魔具に仕舞ってある防水仕様の生地が空気を送り込まれて膨らむ予定でしょ?
こう、クッションがベルトから縦に首の方に前後両方で伸びる感じにすればそれで大丈夫じゃない?
なんだったらお腹側のクッションを大きくして、顔が浮く様にすれば意識不明でもなんとかなるしかもだし」
シャルロが提案する。
ウエスト周りに横向きに膨らむのではなく、縦に伸びるクッションねぇ。
まあ、うっかりクッションがベルトから外れなければそれでなんとかなるか?
クッションの数と形をどんなふうにしたら浮きやすいか、色々と実験する必要がありそうだな。
「考えてみたらさ。
超絶にデブな腹周りに脂肪がありまくる人だったりしたら、ベルトを巻けなかったりベルトからクッションが膨らんでもいい感じに体を浮かさないとか言う危険も無いか?
ウエスト周りのサイズで使用お断りって出来るかな?」
実際にそう言う超デブな人間で実験に協力してくれる人間がいるかも疑わしいし。
超絶にデブな人間って言うのは基本的に豪商や貴族なんかに働かなくて良い人間が多い。
働く為に動き回っていたら超絶デブになるのは難しいだろう。
まあ、昔は肉体派で周囲を拳で言う事聞かせてたタイプが、上手い事手下を使うのを覚えて下町の顔役に納まった場合なんかもそれなりに太るのはいるが。
どのタイプも海に落ちて溺れないかの実験に付き合ってくれるような種類の人間じゃないだろう。
「・・・最初から、ベルトのサイズを限定すればそれが使えない人は買わないんじゃないか?
明示的にこっちが売らないというのは印象が悪いが、ウエストのサイズに合わないから使えないって文句を言ってきたらすぐに返金する方針にしておけば、自然とウエスト周りがふくよかすぎる人間が買わなくなるだろう」
アレクが肩を竦めつつ言った。
どうかね~。
まあ、使用説明書にベルトをちゃんと留め金を使って締める形にしないと安全性を保障しませんとでも書いておけば良いか。
「そんじゃあまあ、取り敢えずは適当にベルトからクッションを膨らます形で良いから甲板から落ちたり飛び降りたりした時にどっちが上手く機能するか、魔術回路の最終選定を始めようか」
港まで行くのはちょっと面倒だが、しょうがない。
現代だとジャンクフードを食べるせいか、却って海外なんかだと貧困層の方が太っている人が多い気がしますけどね。
ウィル達の世界では太りやすいファーストフードはないので貧乏だったら痩せてますw