1163 星暦558年 翠の月 5~6日 海に落ちたら(5)
俺たちの工房にあった弱風の魔術回路は3つだけだったのだが、どれもそこにある空気を動かすだけで、水の中で起動させても上手く動かないか、水を動かすだけだった。
なので昨日は1日かけて魔術院で空気を動かす機能のある魔術回路を手当たり次第に書き写してきて、今日はそれらの実験をしているのだが・・・。
「これもだめ~」
5つ目の試作品を水に沈めて動かしたシャルロが報告しながら、机の左の方に積み上げる。
左側が没、右側が可能性ありということにして試しているのだが、まだ1個しか右側には置いていない。
というか、最初は左側が没、右側が使えるって事にしていたのだが、『使える』と思えるような物にはまだ出くわしておらず、辛うじて多少の泡が生じたので改善したらもしかしたら使えるかもというのを『可能性あり』と言う事で右側に置くことにしたのだ。
「比較的新しい魔術回路は効率性を重視して改善してきたのが多いせいか、どれもその場にある空気を利用するタイプみたいだな。
もっと古い効率の悪そうな魔術回路から試した方が、良いのかも?」
溜め息を吐きながら提案する。
換気とか温風を出す暖房用魔具とか、色々と空気を動かすタイプの魔具は昔から存在したのでそれなりに魔術回路も大量にあって、手当たり次第に全部書き写す必要はあるのかな~とは思ったものの、どれが当たりか分からないから選んで書き写すことも出来ず、見つけたのは全部写してきたのだが・・・この調子だったら全部を試してやっと実用に耐えられるのが一つか二つある程度かも知れない。
水中で風を動かすとか空気を入れるような機能なんぞ、今迄必要とされてこなかったからなぁ。
非効率的な魔術回路の方が却って求めている機能がありそうな気がしてきた。
一体幾つ試作品を作る羽目になるやら・・・。
◆◆◆◆
「結局、水中で起動した際に泡が出たのが3つ。
こっちはじっと見つめていたら空気の球が徐々に大きくなる程度、こっちは細かい泡がそこそこ流れ出るが魔力消費が莫大、こっちは魔力消費はまだマシなものの動かした水に多少泡が混じるかな・・・てだけか」
15もの試作品を造り上げたうち『使えるかも』となったのはたったの3つ。
魔術回路の動きをテストする為の試作品を作り始めて2日目の午後に取り敢えず調べ終わったが、出てきた結果はかなり微妙ってところだった。
「取り敢えず、さ。
水の中で泡が生じているってことは多少は空気を呼び込む効果がある訳じゃん?
創水の魔術回路と似たところがあるのか確認して、違う部分が『空気』を意味する回路なのかもってことで、創水の魔術回路の『水』の部分と入れ替えてみたらもっと効率の良い魔術回路が出来るかも?」
シャルロが提案した。
あ~。
創水の魔術回路は周囲で一気に皆で同じ魔具を使い始めたりしない限り、それなりに効率性は高くなった。
あれを『水』と『空気』を入れ替えて使えれば、確かに空気を効率よく集められるかも知れない。
どの部分が水でどの部分が空気かを確定する必要があるが。
なんと言っても、別に現時点でどの魔術回路もそっくり同じな部分なんて、殆ど無いからなぁ。
魔術回路って微妙に違っていても意外と似た様な効果を出せたりするから、似たり寄ったりな機能の魔術回路の筈でも全然違う形の事も多いんだよなぁ。
求める結果が微妙に違うだけなのに、魔術回路は全然違う方が効率がいい事もあるし。
「それは良いが・・・。
魔術回路を切り貼りして試行錯誤をするのに全部水面下でやらないとならないとなったら、作業は庭でやるか?」
アレクがため息を吐きながら言った。
「外じゃあやっぱ土埃とかが邪魔だし、日向にずっといると日焼けするぞ。
大きな桶を使って取り敢えず試して、有望そうな結果が出た時だけ庭に出れば良いんじゃないか?」
今はまだ暑いのだ。
庭でずっと作業するんだったらそれこそ冷風用の結界を展開し、日差しも遮るようにしないとあっという間にうだっちまう。
日差しが眩しすぎるところで細かい魔術回路を弄る作業を長時間していたら頭が痛くなりそうだし。
洗濯用魔具を造る際に使った桶でも利用してある程度確認してから庭に出る程度の方が良いだろう。
・・・先は長そうだが。
魔術回路って言語を理解してプログラムしていると言うよりは、やってみたら成功したのを使っている知識蓄積型なんで、色々行き当たりばったりですw