1161 星暦558年 翠の月 1日 海に落ちたら(3)
「で。
取り敢えず、いつ海に落ちても溺れないようにするとしたら、服に何か機能を付ける必要があると思うけど、どんなのが良いかな?」
実は俺って泳ぎ方を知らないから、どんな風に服に工夫をしたら溺れないか良く分からないんだよな。
盗賊時代は泳げるほどの水のあるところなんて行く暇なんぞなかったし、魔術学院に入った1年目には清早と出会って加護を貰ったから水で死なないって言われたから、態々泳ぎ方を学ぶ必要がなかった。
別に魔術学院で泳ぎ方の授業なんて無かったし。
山賊退治とか国境線での紛争に駆り出されて戦いに巻き込まれる事を想定してか、乗馬とか剣術とかの授業はあったんだが。
俺たち魔術師が泳げることが重要になる状況は想定されていないらしい。
まあ、戦争で船に乗って何かする羽目になった場合、船が沈んだらちょっとやそっと泳げた程度で助かる可能性は余りないからな。
水精霊と契約しているとか加護を貰っているんじゃない限り、地上での戦闘に招集されることが殆どらしいし。
泳げない魔術師は水精霊と契約しないのかな?
それとも契約に成功したら泳ぎ方を覚えるのか、契約するだけで溺れなくなるのか・・・良く知らんけど。
「クッションみたいな感じに膨れる素材で上着かチョッキを作ってそれが濡れたら急速に膨れ上がって浮く様にしたら水に浮かぶんじゃない?
うつ伏せに海に落ちて気を失っていた場合は体が浮いていてもそのまま溺れ死んじゃうかもだけど」
シャルロがちょっと首を傾げながら言う。
「背中に体を巻き込む様な球形の防水結界が展開するような魔術回路を張り付けておいたらその防水結界の中で浮くんじゃないか?
ただ、結界だけで水を押し出して体を浮かすとなるとかなり魔力を使うかも知れないから、ついでに薄い撥水効果のある生地が球の形に広がってその中に保護されている感じに出来ないか、やってみたら良いかも知れないな」
アレクが提案する。
「最初から球形の生地なり気球みたいのの中に入っているって言うならまだしも、後から装着者を包み込むような感じに球形に展開させるって難しくないか?」
球形な生地の切り出しって難しそうだし。
「浮遊の術で宙に浮いて船に戻るのは?
船が沈んじゃった場合は、何か浮くようになる袋を膨らませる時間を稼ぐのに使えば良いし」
シャルロが提案した。
「・・・落ちた時に頭を打って気を失っていたら駄目だが・・・水に濡れたら浮遊の術が発動して4分の1刻ぐらい宙に浮いてるようにしたら、その間に船の人が助けてくれるかもだな。
沈没する船から落ちて気を失ったらもう諦めた方が良いだろうけど」
と言うか、船から頭を打って落ちるって要は誰かに殴られて落ちるってことじゃないのか?
ヨットとかだったら帆を支えている柱が風に押されて動くことがあるみたいだが、そん時は同乗者が助けてくれるだろう。
一人乗りだったら・・・気を付けておくしかないな。
「ふむ。
ずっと防水結界を展開するよりも短時間の浮遊の術の方が魔力消費量は少ないか?
海の波が穏やかなら結界の反発を使った地滑橇の仕組みの方が魔力を節約できそうだが」
アレクが首を傾げながら言った。
「穏やかな海で船から落ちることは余りないと思うよ?
そう考えると最初から浮遊の術を使った方が現実的そう」
シャルロが指摘した。
まあ、元々は船が沈んだ時にどうするかと言う話だから、浮遊の術で暫く浮いている間に袋に空気を詰めてそれに摑まって何とかするって言うのが現実的か?
袋にしがみ付いてずっと浮いているのも疲れそうだが。
「重量軽減の魔術回路はそれをつけた素材にだけ働くから、服がちょっと軽くなってもダメだし。
防御結界に防水効果をつけたので水に浮くだけの反発力が生じるよう出力を上げた場合と浮遊の術の術とどれだけ魔力消費量が違うか、比較してみようぜ。
どっちも長時間浮くのは難しそうだったら浮かぶためのクッションっぽいのを膨らませるだけの時間を稼げるかを試してみればいい」
まあ、クッションを自力で息を吹き込んで膨らますか、こっちにも魔具を必要とするかは要確認だが。
自分で救急ベストを膨らませるのってどのくらい時間が掛かるでしょうかね?
海に落ちたのにパニックして呆然としている間に浮いている術の方の魔石が切れちゃいそうな気もw