1159 星暦558年 翠の月 1日 海に落ちたら
「何か造りたい物ある人~?」
朝食後のお茶を工房でノンビリ飲みながら、シャルロが首を傾げながら聞いてきた。
「・・・特にないな」
アレクが肩を竦めながら言った。
旅行とか行くと、目新しい物を見た時に『あ、こんなの造ったら良いかも?』と思ったり、古い魔術回路を見つけてそれを改造しようってことになったり、色々とアイディアが出て来ることが多いんだが。
今回はあまりそう言うのが無かったんだよなぁ。
強いて言うなら・・・。
「なんかこう、嵐とかで海に落ちても溺れない魔具があったら便利かも?」
俺とシャルロは水の中に沈んでも溺れないし、俺たちが水精霊に毒とか食中毒とかに気を付けておいて、もしもの時には対処をよろしくねって頼んでいるアレクやシェイラとかも多分海とか川とかに落ちてもおぼれ死なない様に精霊が助けてくれる可能性が高いと思う。
でも今回のケヴァール子爵みたいに船を持っていてそれなりに定期的に海に出ている人でも、船が沈んだら死ぬんだな~と思うとちょっと何とか出来ないのかね?って思ってしまった。
「こう、沈まないようなクッションっぽいのが水に落ちたら膨らむような魔具を造るのは可能だと思うけど・・・海は広いからねぇ。
川ならまだしも、海に落ちちゃったら運よくどっか人がいるところに流れ着かない限り、脱水とか飢えで死ぬことになると思うよ?」
シャルロが指摘した。
確かに。
新規航路発見用の比較的大きな船でさえ、水の積み込み量は中々難しい問題だったのだ。
塩水を真水に浄水できる魔具を比較的安価で嵩張らない形で俺たちが開発するまで、新規航路の探索っていうのはどこまで行くかの判断次第では船乗り全員が死に絶える危険性が常にある冒険だったと甲板長のおっさんが言っていた。
余程金に困っているギリギリな探索じゃない限り、基本的に水精霊と契約した魔術師を一人は連れていくものの、俺やシャルロみたいな加護持ちと違って低位精霊との契約程度では出せる水の量は魔力量に比例するからね。一人か二人分の必要な飲料水を出すのはまだしも、長期航海が出来るようなサイズの船に乗っている船乗り全員分の水を出すのは無理らしい。
そして乗員の大多数が死んでしまった船を少数の士官だけで動かすのはほぼ無理だ。
と言うか、そんな状況になる前に下っ端船乗り達が上司を襲って水を奪い取ろうとして船という密閉された空間の中で殺し合いが起きるだろうしね。
創水の術ってそれ程大変じゃないから俺たち的には水精霊と契約していない普通の魔術師だって何とかなるだろうと思ったが、確かにうん十人分の毎日の必要な水分量って、実際に量を聞いたら多かった。
まあ、それはさておき。
溺れなくても、水の上に浮かびながら脱水症で死ぬなんて切ないか。
却って一思いにどぶんと沈んで死んだ方がましかも?
だが意外にも、アレクがシャルロの言葉に異論を唱えた。
「いや、東大陸へ行くような長期航路用の交易船はまだしも、大抵の船は陸の傍を航海する。
だから必ずしも助かるとは限らないが、船が沈んだ瞬間や船から落ちた時に溺れないで済めば、陸地まで泳げる可能性はそれなりにあるぞ」
「え、そうなの?
あまり海岸線近くを通らない方がうっかり座礁したりしなくて良いと思うんだけど?」
シャルロがちょっと驚いたように言った。
「漁船なんかだったらまだしも、交易船だったら港から港を動きながら商品を動かして利益をだしつつ補給するんだ。
座礁の危険性があるところは避けるだろうが、中距離程度の交易船だったら陸から大幅に離れることは殆ど無いと思うぞ?」
アレクが指摘する。
あ~。
そう言えば、ズロクナも初日にチャールトンに辿り着いていたのに驚いていたが、あれって考えてみたら速度だけじゃなくって他の港町に寄らないから早かったって言うのもあるのか。
「まあ、漁船の漁師さんたちが船から落ちた時用に魔具を買うとはあまり思えないから、交易船のそこそこお金のある船長さんとか士官の人たちが買うと考えたら、海で溺れなければ太陽の位置から陸の方向を大体推測して頑張って泳げばなんとか陸に辿り着けるかもってことなんだ?」
シャルロが聞き返す。
「まあ、その可能性が高いかなってところだな。
一度作ってみて、実験してみるか?
ズロクナにでも、適当な士官に船の通常航路から陸まで泳げって魔具を身に着けて甲板から飛び込ませてみたらいい」
アレクが提案した。
ちょっとそれは酷い気もするが・・・実験に協力してくれたら試作品をただで提供しますってことで協力してもらえるかな?
今ならまだ、海の水もそれ程冷たく無いだろうし。
現実的な状況で!という事で不意を突かれて甲板から叩き落とされる実験要員w
そのうち荒れている海でも試すべきって誰かが言い出しそう・・・




