1157 星暦558年 青の月 25日 海底探索(12)
「なんだって次期子爵を暗殺ギルドが保護??」
思わず声を大きくして長に尋ねた。
「あの子爵って息子育てには失敗したが、それなりに切れ者だったんだぜ?
暗殺ギルドにも伝手があったし。
で、自分が行方不明もしくは死んだ場合に、遺産相続が落ち付いて1年後までの期間契約で甥の保護契約を暗殺ギルドと結んでいたんだ」
長が教えてくれた。
マジか~。
暗殺ギルドに金を払って仕事を受けないように頼むのも可能だが、これは他の素人や別の団体が小遣い稼ぎに殺しの仕事を受けることを決めたら意味がない。
実際のところ、世の中プロによる殺人よりも素人による死の方がずっと多いんだ。
素人がやると発覚する確率がずっと高くなるが、犯人がバレて掴まろうが、依頼主がそれで罰せられようが、死んだ人間は死んだままで生き返らない。
ある意味、死んでも誰も得をしない、丸損な状況だな。
で、どうしても誰かを死なせたくなかったらどうすればいいかというと・・・暗殺ギルドに保護を依頼すれば、その契約期間中は絶対に死なない様に護ってくれる。
まあ、かなり本人にとって不本意な形の保護になる場合もあるそうだが。
殺す方法はほぼ全て熟知しているから全部から守ってくれるが、お蔭で人に会うのも散歩に行くのも邪魔されることがあると聞いた。
料金が高い、腕の良いのを雇う契約だと比較的自由に動けるし、安いので済まそうとするとマジで契約期間が過ぎるまで実質軟禁状態なんてこともあるらしい。
一番安い契約にしても、ちゃんと暗殺ギルドの幹部に話を通さなければならないんでそう簡単に依頼できる話ではないらしいんだが・・・。
「ケヴァール子爵って暗殺ギルドのお得意様だったのか???」
「いや、何か船の関係でギルドの人間を助けたことがあるとか何とかって噂だな」
長が言った。
へぇぇ。
暗殺でちょっとドジをかまして逃げる羽目になった時に、船で国を出るのを協力してあげたとかなのかね?
そのお陰で甥の命が助かったかもだが・・・自分が船で死んでんじゃあ意味がない気もするぞ。
つうか。
暗殺ギルドに伝手があるなら爵位返上する前に息子を殺す依頼をすれば良かったのに。
多分、本人は息子に殺されたんだろ?
流石に息子が殺人に手を出すと信じたく無いし、自分の子を殺したく無くて甥を守る方に金をかける事にしたんだろうが・・・今となっては甥から金を受け取って遺言書を破棄した王宮側の役人の親族が、自分達一族の将来を潰した恨みを晴らすために確実に息子の方を殺すだろうな。
王宮側は仲介人が死んだせいでそれ以上依頼を追えなかったようだが、執念があれば破損した遺言書が関連した全ての家を調べていき、そこで遺産相続の争いがあって遺言書で不利になる側の人間を虱潰しに調べていけば目星はつくだろう。
考えてみたら・・・役人側への処罰が随分と苛烈なのに、依頼人を追いかける方がおざなりだな?
結局、『王宮を舐めるな』と見せしめとして今後誰も同じようなことをしない様に脅すことが重要なんであって、実際に依頼した人間を罰するのは二の次なのだろう。
やらかした役人の親族にとってはいい迷惑だろうなぁ。
まあ、普通の商人にでもなって働けば食っていけないことは無いだろうけど。
そこまで熾烈な罰則が比較的直ぐに出来たってことはそれ程高位な貴族じゃないんだろうから、平民に混ざって生きていけないことも無いだろう。
多分。
・・・願わくは。
「遺言書が見つかったから、王宮で息子側と甥側の人間とを法務省のお偉いさんの下に呼び出して話を終わらせたいんだが、暗殺ギルドに連絡したら誰か代理人か本人かを呼び出せるかな?」
シャルロの兄貴が暗殺ギルドに直接連絡できる伝手があるかは知らんが。
まあ、ウォレン爺に頼めば大丈夫だろう。
というか、考えてみたらウォレン爺だったら甥がどこにいるか、知っていたかも?
オレファーニ侯爵家に関係ない案件だし、国防の視点から見たらケヴァール子爵家がどうなろうと大して重要じゃないだろうから特に注意を払っていない可能性も高いだろうが。
「相変わらず変な物を見つけるな。
なんだって北国へ遊びに行ってあの家の遺言書を見つけるんだか。
王宮の方に甥っこが暗殺ギルドに保護されているって言っておけば連絡先を知っているだろ」
肩を竦めながら長が教えてくれた。
やっぱ王宮もそれなりに暗殺ギルドと伝手があるのか~。
まあ、軍部が盗賊ギルドに依頼を持ち込んでいたこともあったもんな。
裏社会の組織を完全無視していたんじゃあ国の運営も上手くいかないんだろう。
取り敢えず、甥っこが生きているって言うのはまあ良かった。
ついでに遺言書を見つけたお礼代わりに、あの船を買い取ってくれないかな?
やっぱ沈んだ船ってあまり縁起が良くないから修理してもあまり誰も買いたがらないじゃないかと言う気がするんだよなぁ。
王宮も暗殺依頼してたら怖いな〜
それとも自前で出来るのか・・・