1156 星暦558年 青の月 25日 海底探索(11)
「ああ、王宮の遺言書ね。
どこの馬鹿に買収されたのか知らないが、実際に王宮の遺言書の方を水浸しにして破損させた子爵の次男は拷問じみた尋問の末に縛り首、一族郎党これから生まれる子孫まで含めて王宮への立ち入り禁止だ。
途中の仲介に立った人間が死んでいたせいで最終的な依頼主まで辿り着けなかったが・・・確かにケヴァール子爵の長男だったらあそこに手を付けるぐらいバカかもしれないか」
ふうっと息を吐きながらペンを仕舞い、長が言った。
「え、縛り首の上に未来永劫一族全員王宮立ち入り禁止??
それって貴族としてやっていけるのか?」
貴族ってそれこそ遺言書を預けたり、爵位継承の際に王宮に入る必要があるだろうに。
そう言う場合は例外として認められるのか?
「爵位継承に王座の前に出てこれない貴族なんぞ、爵位を継げるわけがないだろう?
つまり、あの一族は自分の爵位を失っただけでなく、その血族やその子孫はどこかに婿入り・嫁入りしてもその子が絶対に王宮に入れないってことだ。
要は貴族としての道は完全に断たれたってやつだな」
長がグラスにワインを継ぎ足しながら笑った。
うわ~。
嫁入りして出来た子まで王宮入り出来ないとなったら、マジで駄目じゃん。
シャルロ曰く、貴族の子供って成人する年に王宮の舞踏会に呼ばれて王族に挨拶した上で貴族達の前で踊って初めて一人前って認められるって話だから、爵位継承どころか同じ貴族の間で結婚するのすら厳しいだろ。
まあ、どちらにせよ次男・三男であろうがうっかり長男が死んだ時に子供が爵位を継げない相手は貴族にとっては結婚相手にはならないんだろうが。
と言うか、考えてみたら騎士にすらなれないじゃん。
まあ、下っ端の騎士でずっとこき使われるのを我慢できるなら大丈夫だが、騎士って何か功績を挙げて王宮で表彰してもらうのが昇進へのステップの一部って聞いたぞ?
もしかしたら手柄を立てて自分の先祖がやらかした事件から発端した自分と自分の子への罰則撤回を願い出るってのもありかもだが。
「随分と厳しいな。
遺言書なんて、当事者が死んでなかったら2枚あるんだし、もう一度写させてもらってそれを再度封印すれば良いだけなんじゃないのか?」
引き出し一個分程度の書類の封印なんて大した魔力を使う訳でもないだろうに。
「王宮が、管理する貴族に対して、『そちらから願い出て来られて色々いちゃもんを付けた末にやっと承認した遺言書を駄目にしました。もう一度作るから、そっちの写しを見せてくれ』なんて情けない事を頼みに行かなきゃならないんだぞ?
王宮の役人に赤っ恥をかかせたんだ。
報復が熾烈なものになるのは想像できるだろうが」
長がグラスを口に持ち上げながら言った。
「なるほど。
貴族個人なら恥をかかせても相手も隠して知らんぷりをするからよっぽど公になるような形でなければ依頼の対象にしても報復はたかが知れる程度になるが、王宮相手に隠せないような仕事をやったら絶対に許されないのか・・・」
だから遺言書関係の仕事は盗賊ギルドで見なかったのか。
というか、手を出そうとした人間が死体になって王宮の前に捨てられていたことがあったって聞いたが、あれも組織を守るための防衛策だったのかもな。
盗賊ギルドが王宮に大恥をかかせたりしたら、全面戦争だろう。
ある意味、王族の誰かを暗殺するよりも報復が熾烈なものになるかも知れない。
王族が暗殺される様な状況だったら、どうせ敵味方陣営が王宮の中にも大量にいるのだ。
報復にしたってそれを邪魔する勢力が存在するから、一律『スラムを焼き払え!』みたいなことにはならない。
だが、王宮の役人たちを全面的に大恥かかせたら・・・マジで区画整理とか言ってスラムが全部更地にされる可能性もありそうだ。
大抵の役人は貴族の紐付きなのだ。
次男三男だからって甘く見たらダメなのだろう。
家門を継げないからこそ、王宮の権威を守るのに本気になるんだろうな。
まあ、それはさておき。
「ちなみにケヴァール子爵は息子じゃなくて甥に爵位を継がせる、甥がどうしても嫌だと言ったり死んでいたりしたら、爵位を返上するという遺言書を作ったらしいんだが・・・甥っ子がどこで生きているか、知ってます?」
長に尋ねる。
子爵の跡継ぎ失格なロクデナシ息子程度だったら暗殺ギルドに依頼を出すにしても下っ端程度しか雇えないだろう。
だとしたらまだ生きていても不思議はない。
まあ、上手い事ケヴァール子爵を死に追いやったようだから、息子の悪だくみも捨てたもんじゃないのかもだが。
「あ~。
あいつなら暗殺ギルドが保護してるな」
長が想定外な返事をしてきた。
はぁ???
王宮での席も貴族の既存権益に近いですしね
王家だけならまだしも、王宮の権威は落とせないw