1154 星暦558年 青の月 24日 海底探索(9)
「で。
これって最新のかとか内容を調べるために開けても良いんかな?」
三つ折りにされて魔力を籠めた蝋封がされている遺言書を手に取ってぴらぴらと振りながら部屋の皆に聞く。
遺言書特有の茶色がかった紙で、蝋封の下に『星歴557年緑の月1日、これをもって
過去の遺言書全てを破棄して優先するものと定める』と書いてある。
息子に継がせるって書いた過去の遺言書が見つからなかったんかね?
まあ、揉めているんだから息子にしますって遺言書を息子が確保してあったんだろうな。
本人か・・・本人に恩を売って得をしようとした人間が。
「一応、遺言書って中を開くと遺産を沢山貰える人間が貰えない人間に殺されかねないってことで、開封すると誰かが襲われるなんて事件があった場合に利益を得た相続人の扱いが不利になるんだけど・・・僕達には関係ないからねぇ。
とは言え、開封した状態で王宮に持って行くとそれで損する側から確実に恨まれるから、開封せずに持って行くのが一番無難だね」
シャルロが言った。
なる程。
開封しちゃったら無効なんて言うことは無いんだな。
まあ、そんな簡単なことで遺言書を無効に出来るんだったら、態々王宮の遺言書の写しを引き出しごと(?)水浸しにして大量の遺言書を破損させないでも、単に狙ったのを開封しちゃえばいいだけになるか。
「そんじゃあこのまま今からがっと急いで王都まで戻って、明日の朝にでもこの遺言書を王宮に提出するか。
・・・て言うか、これって誰に提出すれば良いんだ?」
下手な奴に渡すとあっさり握りつぶされそうだが。
「取り敢えず・・・兄上が王都に居ると思うから、次期オレファーニ侯爵にケヴァール子爵相続の関係者を双方王宮へ呼びつけて同席させた上で、法務省のトップへ渡してその場で開封して遺言書の有効性と内容を確認して貰えば良いんじゃないかな?
多分遺産相続で揉めているならどっちの関係者もそれなりに上の人間が王宮の傍に詰めてると思うから、それで何とかなるでしょ」
シャルロが肩を竦めながら言った。
まあ、オレファーニ侯爵家に喧嘩を売れる子爵家なんて存在しないだろうから、それが無難かな?
貴族の関係者を王宮に呼びつけて法務省のトップに面談できるところが流石って感じだが。
「取り敢えずその甥のフィルグとやらを守らせておかないと、最後の手段として息子側が暗殺を狙うかも知れないぞ?
この遺言書で廃嫡を明記して、フィルグが爵位を継がない場合は爵位を返上すると書いてあると知らされなかった下の人間が、単に相続の順番だと思って甥を殺せば良いと考える可能性がある」
セビウス氏が指摘した。
あ~。
遺産相続で争っている最中に相手が怪しい状況で死んだら自分が一番に疑われるからってことで今までは暗殺は控えていたのが、後がなくなったと思ったらバレない可能性に賭けて暗殺に傾く可能性はそれなりに高そうだよな。
本人だけでなく、息子側に肩入れして甥っ子側から爵位継承後の冷遇が確実になった連中だって、もしも暗殺がバレてもしょっ引かれるのは息子だと思ってやっちまいそうだし。
「その甥が王都に居たら守るのは良いとして、領地の方に居たら難しいな。
というか、王都に居るにしても隠れていそうな気もするが」
アレクがため息を吐きながら言った。
「確かケヴァール子爵の甥のフィレグはベルファウォードで新しい磁器に使う絵具の研究に打ち込んでいた筈だが・・・従兄弟に領民は任せられないから頼むという手紙を書いて寄越した叔父が行方不明にになったと知らされて、王都に出て来ていると聞いた。
まあ、ケヴァール子爵自体が亡くなったようだと相続事象が確定したのが今年の赤の月になってからだから、どの程度話が進んでいるのか不明だが」
セビウス氏が言った。
「ケヴァール子爵の遺体はまだ見つかってないのか?」
アレクが聞き返す。
船の中には無かったから、沈没した際に海に出るのは成功したのだろうが、無事に岸にはたどり着けなかったのか。
ある意味、息子が父親を殺させたのだったら。死体が出て来なくて相続が発生するか否か自体がはっきりしない状況になったら、それっぽい白骨死体に父親の服を着せて海岸に捨て置くぐらいの事を息子がやっても不思議はないと思うが。
子爵の死自体は事故だったのかね?
「少なくとも私たちが王都を出る段階では見つかったと聞いていないな。
まあ、沈没船の見つかった場所を考えると流石にあそこから岸まで泳ぐのは無理だろうし・・・船が沈んでいた辺りの海流は沖に向かっているからな」
色々良く知ってるね~。
流石セビウス氏。
「まあ、どこかの島に流れ着いて生き延びていたケヴァール子爵がひょっこりそのうち戻って来るにしても、爵位を返上しなければと実の父親に思わせる程ロクデナシな息子よりは頼まれた甥の方がしっかり領地の面倒をみてくれそうだな。
王宮の方でケヴァール子爵は死んだと見做して爵位の継承手続きを始めようとして揉めてるんだったら、さっさとこれを渡して、一応王都に居るんだったら甥の方を保護して息子の廃嫡を確実にして周知させよう」
取り敢えず。
シャルロが兄さんに話を持って行って関係者を集めている間に、長にでもお土産を持って行くついでにこの甥がどこにいるか知らないか、聞いてみるかな?
船の沈没自体が事故だとしても、子爵がベルファウォードにいる甥が北の方にいるなんて誤認したのは怪しいですけどね〜