1153 星暦558年 青の月 24日 海底探索(8)
「ちょっと面倒そうな書類を見つけちゃったから、残念だけど急いで帰ろうか。
遺言書って本来ならば最終版が最優先でこれが出てくれば跡取り争いはスッキリ収まる筈なんだけど、僕らが戻る前に王宮が最終決断を下してもしも息子のジャルダが爵位を継いでいたら、それをひっくり返すのに色々と手間が掛かるから」
溜め息を吐きながらシャルロが言った。
まあ、もう王都まであと1日程度の距離だから、急いで帰ると言ってもそれ程違いはないけどね。
シャルロ的にはもう少し海底を探し回ろうと提案するつもりだったのかな?
今回の海底探索は微妙に得るものが無かったから、なんだったら王都の港近辺を後でもう少し探してみても良いかもだな。
日帰りの探索じゃあイマイチ冒険感が無い気もするが。
「そうだな。
ちなみに、継ぐ権利が無いのに息子が爵位を継いでいた場合、偽物子爵が出した命令や署名した契約とかはどうなるんだ?」
王宮の遺言書の写しを何らかの手段で破棄させて、当主側の写しも隠すことで本当は継ぐはずじゃなかったロクデナシな息子が不当に爵位を継いでいたのに数年後とか数十年後に正しい遺言書が出てきた場合、どうなるんだろ?
ロクデナシを排除する為の遺言書が出て来たならロクデナシを追い出して本来任されるはずだった人物に爵位と領地を任せた方が領民にとっても良い事な可能性が高いと思うが、古い遺言書が出てきたら無条件でそれが優先されるとなると・・・それこそ先代とか先々代の相続が間違いでしたなんて言う風に爵位の流れをひっくり返せるようになりかねない。
そうなった時に当主のやった契約や領地の決定が全部無効化されたりしたら大騒ぎになりそうだ。
「基本的に王宮に認められて爵位を継いだ人間が締結した契約や決まりは取り敢えずそのまま残るけど、それの解除に関しては誠意をもって対応するようにって相手側にも求められるね。
露骨に条件が相手に有利なのは、それこそ跡継ぎ争いで不正行為に加担した対価じゃないかって疑われるし。
爵位その物は・・・その時点で当主が引退して引き継ぐべきだった人物に譲るという流れが多いかな?
露骨に資産を使い込んでいたり移転させていたら返還請求される事もあるね。
ただまあ、何十年も前で当事者が亡くなっていたり、現時点での正当な継承者が必要な教育を受けていない場合なんかは王宮を交えての話し合いになるけど」
シャルロが説明してくれた。
確かに、貴族の本家の次男や三男、もしくは今回みたいな近しい甥ぐらいだったらそれなりに貴族としての教育を受けている可能性はあるが、祖父が貴族の次男でしたなんて言う平民だったら読み書きは出来る程度の生活水準は保っているにしても、統治するのに必要な教育は受けていないだろうからなぁ。
まあ、継ぐはずだった人物が有能なんだったら別の貴族家に婿入りでもしていてそっちで貴族としての生活と教育を続けてきた可能性もあるが。
反対に本人が当主争いに勝った相手に殺されて、妻と子供が困窮して下手をしたら娼館入りなんてこともありそうだが。
「だが何十年も前の遺言書なんて、出て来ても本物かどうか、分かるのか?」
なんと言っても書いた本人は死んでいるんだ。
何十年も前となったらその書類を書き上げる手伝いをした弁理士や家令も死んでいる可能性が高いし、そうじゃなくても跡継ぎ争いをしている際にそこら辺を言及して、負けた時点で領地から排除されてそうだし。
「王宮で預かるような貴族用の正式な遺言書はちゃんと王族の魔力による変更防止の封印がされているからそれが消えるまでは本物だと分かるんだ。
新しい遺言書を差し出して古いのを破棄する際にはその魔力封印が解除される事になってるから、王族の魔力封印がされているのが最新版って事」
シャルロが答える。
「だけど、昔の遺言書を変えたいんだけど失くしちまった場合は?
失くしたから遺言書を更新できないんじゃあ困るだろ」
王宮側の写しがあるからどちらが正式な最新版かは分かる筈だが、今回みたいな王宮側での不手際があったら問題だろう。
「まあ、そう言う場合は新しい方の遺言書に前のは見つからないけど破棄ね~って書いて日付を入れるから。
どの遺言書も日付は入れるんで、破棄ねって書いてない新しいのが見つかって、古いのとどちらも魔力封印があるなんて場合は破棄って書いてない新しい方が偽造されたと見做されるよ」
なるほど。
つうか、王族の魔力による封印ってどこまでが王族の範疇に入るんだろ?
国王本人とか王太子は忙しくてそんな封印を一々やっている暇は無いだろうからもっと傍系とか下の息子とかを使いそうだが・・・偽造問題が出て来る時点で、王族の誰かが爵位簒奪に加担しているか、騙されて協力しているかなのだろう。
色々とそっちも問題になりそうだな。
まあ、俺にとっちゃあどうでも良いっちゃ良いが。
取り敢えず。
この遺言書の魔力封印に使われている魔力を確認しておいて、一応これが王族のだって覚えておこうかな。
まだ遺言書を開いてない・・・
時間かかり過ぎw