1146 星暦558年 青の月 21日 海底探索
「考えてみたら遊ぶために遠出しようと決めてもう10日も経っているし、アファル王国からの距離もかなりあるから、今迄みたいに念入りに沈没船探しをしていたら帰国に時間が掛かり過ぎちゃうかも?」
海図を見ていたシャルロがふと指摘した。
「別に帰るのはそれ程急がなくてもいいと思うよ?」
セビウス氏が口を挟む。
どうやらシェフィート商会を守る重圧を放り投げて遊び回る(とは言っても言った先々で伝手を作り、情報を集めてと色々やっているようだが)のは楽しいらしい。
「いや、でも考えてみたらパディン氏だって夫人が帰ってこないとそろそろ食生活が危機的になっているかも」
アレクが指摘する。
今回はパディン氏は同行しなかったからなぁ。
まあ、一緒に居たら居たで、パディン夫妻の家の庭の状態とかが問題になっていたかもだけど。
確かパディン夫人が留守の間、パディン氏は基本的に自分で適当に自炊して飽きたら近所の酒場で賄いを食べさせて貰うとか、娘さんが作り置きしに来るとかって話になっていた筈だが・・・長期的な手配はしてないだろうな、多分。
ズロクナは雇われ船長としてシェフィート商会の船を色々と乗り回っているらしいから留守が長引いても大丈夫だろうが・・・いや、考えてみたらあまり長く留守にしているとシェフィート商会の人のやりくりに関してもちょっと迷惑が掛かるかも知れない。
そう考えると、マジであまりノンビリし過ぎちゃ駄目かぁ。
「じゃあさ、光で周囲を照らしながら適当に前方の視界にある塊に水打を当てて、舞い上がった砂が落ちるぐらいでそこに辿り着く程度の速度でノンビリ海底を楽しみながら進んで行かないか?
ちょっと海底の景色を楽しむ感じにノンビリ帰って、沈没船は・・・良いのに行き当たったらラッキーってとこで」
海流に逆らう感じで進めばそれなりに魚とかも沢山泳いでいて、面白い風景を楽しめる・・・かも知れない。
まあ、退屈だったらぐっと飛ばしてもいいし。
本当に飽きたら、奥の手として清早に金属がそこそこ入っている木の塊が海底にないか聞いて、そっちに向かってみれば良いんだし。
やっぱ精霊に沈没船の場所を聞いてそれを引き上げるだけじゃああまり面白くないとは思うが、無理に自力で見つけるのに拘って退屈な時間を無為に過ごす必要も無いからね。
「・・・そうだな。
行きよりもずっと時間が掛かるだろうが、沈没船探しに海底を行ったり来たりしながら徐々に動くよりは現実的な移動速度になるか。
ちなみに、夜中はどうする?」
アレクが尋ねる。
「う~ん、それなりに変化がありそうだったら夜は海上に停泊して翌朝からまた進む、案外と単調だったら夜は海上に出て進んじゃって、どっちにせよ夜中に目が覚めた人が居たら夜空を楽しんでもらう程度で良いかも?」
シャルロが応じる。
「だな。
ここ等辺の海底にどのくらいな物があるか分からんし、あまりガチガチに決めずに適当に帰ろうぜ」
折角時間が自由な自営業なのだ。
適当に楽しくやって行こう。
◆◆◆◆
「光!」
シャルロが海底に沈んだ屋敷船の甲板から前の方に光を投げつける感じに術を放った。
明るくなった海底をぐるっと見回し、右前方にあった塊に狙いを定める。
「水打!」
ぶわっと砂が舞い上がり、シャルロの術の光を反射させてキラキラと海の中が煌いた。
「何度見ても綺麗ですねぇ」
パディン夫人が甲板の上に置かれた椅子の上でノンビリと編み物をしながら言った。
「舞い上がる砂の煌きも微妙に違う時があるから、あれって砂の素材が場所によって違うんでしょうね」
ワインを手に景色を楽しんでいたセビウス氏が前を見ながら頷く。
術で船の甲板も周囲の海底も明るくしているが、太陽が無いので微妙に時間の流れの感覚が無い。
お蔭でまだ昼食前なのだがセビウス氏がワインを手に持っていてもそれ程違和感がない。
朝の『酒なんぞ飲まずにぴしっとしなくっちゃ』という感覚って実は太陽の角度とかと関係があるのかも?
まあ、長なんかは朝だろうが夜だろうが酒を飲んでいたけど。
飲んだくれてさえいなければ、酒を飲もうがお茶を飲もうが本人の勝手だろうというのが本人の弁だったが・・・周囲の環境で違和感も変わるもんなんだなぁ。
「びっくりして避ける魚も群れによって色々と違うよね~」
シャルロが楽しそうに言う。
「ついでに何匹か捕まえて昼食にしようぜ。
・・・どれが美味しいか、ズロクナだったら知らないか?」
釣竿で魚を獲るのは苦手だが、清早に指定して取ってきてもらうのだったら問題はない。
俺は清早の加護のお陰で溺れないから、浮遊で適当に動き回って手で摑まえるのも有りかも?濡れるけど、ちゃちゃっと綺麗にして乾かせば問題ない。
「いや、料理は俺の仕事では無かったんで・・・」
気まずそうにズロクナが答えた。
「あ、だったらあの銀色っぽい鱗の腹の方がピンクになっている魚なんか美味しいかと思いますよ、多分」
パディン夫人が嬉々として教えてくれた。
なる程、料理をする女性陣は調理前の魚の姿を知っているのか。
「じゃあ、お腹すいたら適当に捕まえよう」
「いや、空腹を感じた時に都合よく美味しい魚の群れが近くにいるとは限らない。
今のうちに獲って生け簀に入れておくと良いのでは?」
セビウス氏が指摘した。
なるほど。
確かに群れが固まっている時と暫く何もいない時とあるな。
じゃあ、あの美味しいかも知れないという魚を捕まえておくか。
海底を進む船の甲板に生け簀・・・