1135 星暦558年 青の月 18日 遊ぼう!(22)
「う~ん・・・。
あと半金貨を一枚付けるから、こっちの包丁3丁も付けてくれ」
料理用の包丁と命を守るかも知れぬ包丁では価値が全然違うのか、少なくとも今日見て回った鍛冶屋では包丁はナイフの3分の1かそれ以下程度な値段の物が多かった。
アファル王国だと美食を楽しむ金持ちが多くて料理人の地位(か経済力)が高いらしくもっと包丁の値段が相対的に高いのだが、ノルダスでは包丁は二級品でも構わないのか今まで見て来た店では質も値段もナイフほど尖っては無かった。
それでも鍛治師の腕が良い、若しくは北の荒野の猛獣や魚に使う刃物はずば抜けて質が良くないと折れるのか、アファル王国の王都にある普通の鍛冶屋で見かけるナイフよりこちらの包丁の方が品質が高い物が多かった。
包丁もそれ程違いが無いぐらい品質が良いのだから高額でも良さげな気がするのに、何故か安いんだよなぁ。
同じ鋼だろうし、美味い物が好きな筈なのに、美味い物を作る刃物に対する誇りや拘りは武器と比べると少ないらしい。
と言うか、アファル王国はナイフも包丁も極端に拘りなく作っているのに対し、ノルダスでは武器に並々ならぬ拘りを持っているって考える方が正解なのかな?
包丁だって十分丹念に作られているけど。
「贅沢を言うんじゃないよ。
包丁2丁だ」
婆さんがぴしゃりと言い返してくる。
「この酒も瓶ごとつけるから3丁」
どうせ酒は持って帰っても料理に使われる可能性が高いんだ。
こっちをおまけに出して、包丁も1丁自分の参考用に手許に残しておきたい。
想定としてはドリアーナに一丁、パディン夫人に一丁、自分の研究用に一丁欲しい。
ドリアーナの誰かがどうしても欲しいと強請られたら包丁を2丁渡しても良いが。
パディン夫人がノルダスで包丁を買っていたら最初からお土産としてドリアーナに2丁渡しても良いけど、多分鍛冶屋になんぞ入らないだろう。
俺みたいな鍛冶に興味がある人間以外だったら金細工で有名な異国へ行った記念に包丁を買うとは考えにくい。
なんだかんだと言い合いをしている間に、鍛冶場と店の間の扉が開き、若い男が出て来た。
「ばあちゃん、ちょっと手伝って欲しいんだけど・・・。
珍しいな、客か?」
若いのが汗を拭きながら言った。
おい。
客が珍しいのか??
まあ、ナイフ1本で金貨1枚だったら、時々売れる程度でそれなりに暮らせそうだが。
とは言え、北国の生活費が幾らかかるのか不明だし、鍛冶師となると炭などの費用もかかるからナイフ一本の売り上げで満足していたら商売が続けられないだろうが。
「折角ナイフだけじゃなくて包丁なんぞを欲しがる珍しい鍛冶師もどきが来たんだ。
もっと値段交渉に時間を掛けるのが良いだろうに。
そうだ、中を見ていくかい?
手伝ってくれるなら金貨1枚半と諸々でその包丁3丁とナイフを売ってやるよ」
婆さんがこちらに声を掛けて来た。
「おう。
何か上に被る作業着を貸してくれるなら手伝うぞ」
商業ギルドに行くのでそれなりに良い服を着ているから、鍛冶場でガンガン働くのには向いていない。でも、折角この婆さんが使っていたであろう鍛冶場が見れるのだ。
夕食前に服を買い替える羽目になろうと中は見たい。
「スヴァン。あんたの作業着を貸してやりな。
昨日チャーナが洗濯したのを何枚か持ってきただろ」
婆さんが男に指示する。
「ちなみに、アファル王国から来たウィル・ダントールと言う。
魔具の開発を主に行っている魔術師だが、いつか魔剣を打ちたいと鍛冶師にもちょくちょく教わっている」
婆さんに任せて置いたら若いのに紹介されずにこき使われるだけで終わりそうな流れだったので、自己紹介をしておく。
というか、考えてみたら婆さんに自己紹介してなかったな。
「おう。
大アチューラの孫のスヴァンだ。
こちらの店を継がせてもらったんだが・・・実質未だに見習いに毛が生えた程度扱いで婆さんにこき使われてる」
にかっと笑いながらスヴァンが応じた。
婆さんが大アチューラって呼ばれているんかね?
もしかしてのれん分けした息子(?)が小アチューラとか??
それとも大アチューラと単なる普通のアチューラなのか。
ちょっと気になるが・・・婆さんが本人がいる前で聞くよりは、後で別の人にでも聞く方が無難かな?
さて。
鋼の質で有名な北国の本場な鍛冶場を見せて貰おうじゃないか。
婆さんも触れ暇つぶしに値段交渉していたけど、本心ではハンマーを振るほうが好き。