1133 星暦558年 青の月 18日 遊ぼう!(20)
ぼろい。
と言うか、古い。
店の中はあちこちに修繕の跡が見えて、今迄回って来た鍛冶屋の中で一番古い印象だ。
不便な場所にあったのは、ある意味一番昔からやっていたからなのかも知れない。
「何か探しているのかい」
カウンターに座っている婆さんが聞いてきた。
今迄回って来た店のおっさんや爺さん達程不愛想ではないが、にこやかと言う訳ではない感じだ。
もしかして、北国の人間はよそ者には美味しいつまみと酒が一緒じゃないと愛想がよくならないのだろうか?
ついでに。
この婆さんはアチューラの妻なのか?
「いい剣があったら欲しいかな」
店の中を見回しながら応じる。
そこそこ昔に打ったっぽい古い剣はスタルノの店にあったのと同じ人物が打った物だ。
どうやら目当ての店に辿り着けたようだが・・・新しい剣は質は高いもののちょっと鍛冶師が違う気がする。
「俺の師匠がそっちのを打った鍛冶師の剣を持っていて、見せてくれたんだ。
買えそうな値段だったら俺も一振り欲しい。
新しいのも悪くは無いが・・・そっちの剣程の凄味はまだないな」
俺よりはずっと腕がいいが、スタルノと同じぐらい、かな?
まあ、スタルノは魔剣特化だ。武器として同等、鋼としてだけ見るならこっちの方が良いって感じだな。
ある意味、こっちの剣の質に到達できた上で魔剣に出来たら理想的と言うところか。
最近は色々と忙しいから剣よりもナイフを打つ程度で満足しちゃっているからなぁ。
もう少ししっかりやらないとこの腕まで辿り着くのは夢のまた夢ってとこだな。
まあ、ここの新しい剣の鍛冶師だったらまだまだ現役で続けそうだから、俺が魔具の開発に飽きた頃に真剣に剣を打つ際の見本として見せて貰いに来ても良いかも?
「そっちのは私が店を孫に譲る前に打ったやつだね。
昔の常連の剣が折れた時に替えとして売るだけだから、一見さんに提供するつもりはないよ」
婆さんが言った。
え???
「婆さんがアチューラ、なのか?
男の名なのかと思っていたが」
鍛冶師というのはハンマーをガンガン振りまわす職業だから、どうしても女より男の方が向いていると思われがちだ。
まあ、実際には力任せで打てばいいってもんじゃないから、ある程度鍛えていれば女性だって剣を打てるが、1日打ち続けるのに必要な体力と筋力を考えると男の方が上達するのも数を打って収入を得るのも有利だと思うが・・・まあ、この剣が打てるなら、女性じゃあダメとは言えないな。
「アチューラは屋号だよ」
ふんっと鼻を鳴らしながら婆さんが言った。
へぇぇ?
『シェフィート商会』といった屋号に近いのだろうか。
アファル王国では商会以外では屋号は使わないのだが、ノルダスは職人もどうやら使うらしい。
というか、アファル王国では屋号と姓がほぼ同じことが多いんでイマイチはっきり屋号の定義を理解していないが・・・まあ、いいや。
でも。
「同じ屋号の鍛冶屋が何軒もあるのか?
商業ギルドでアチューラがやっている鍛冶屋として2か所教えられたんだが」
名前ならまだしも、屋号なら重複が無いように登録元で管理しそうなもんだが。
まあ、なんかあの商業ギルドのおっさんを考えると美味い酒を奢れば何でも許されそうな気もしないでもないが。
「あっちは息子がのれん分けしたのさ。
ここはちょっと奥まって不便な場所だし、建物も古いから引っ越したいと言っていたんでね」
婆さんが言った。
おお~。
一族の店って感じなのか。
あっちには婆さんの剣は置いてなかったから、婆さん的には完全に別の鍛冶屋扱いなのかもだが。
ふむ。
年寄りって頑固なのが多いし、常連向けに自分が打ったのを確保しておくと言う考えもわかるから、無理やり婆さんの剣を買おうとするのは無しだな。
だとしたら。
剣は諦めるにしても、何か婆さんが打った物を買えないかな?
じっくり店の中を見て回る。
槍や銛も置いてあるが、流石にそっちは要らんなぁ。
ナイフや包丁だったらありだが・・・。
パディン夫人に渡して家で使ってもらえば、俺が鍛冶をする時にだけ参考にする為にちょっと貸してもらうのも可能だろう。
ドリアーナへのお土産にしちゃうと手元から離れちゃうんで、あっちへのお土産は孫が打った奴でも良いかな。
腕は十分にいいんだし。
「ちなみに、値段は幾らなんだい?」
どこにも値札が付いていないんだが・・・やっぱ顔馴染みだったら割引料金とかになるんかな?
折角持ってきたんだ。
値段を聞く前に燻製を酒と一緒に出すべきだった。
今からで間に合うか??
値段交渉が下手なウィル君w