1132 星暦558年 青の月 18日 遊ぼう!(19)
「何の用だ」
商業ギルドで聞いた最初の鍛治師アチューラの店に入ったら、不機嫌そうにカウンターに座っているおっさんから声を掛けられた。
鍛冶用の炉は奥にあるのか、ここには幾つかの剣と盾や槍、銛・・・と鍋が置いてあるだけだった。
取り敢えず店に入ったら買い物が目的だろうと思うのだが・・・店の中を見まわすと置いてある鉄製品の品質がスタルノの所で見た物よりも下だったので、どうやらここは目的の店ではないようだ。
質が上がるならまだしも、下がるってことは普通は無いだろう。
怪我をしたとか酒に溺れたとかで腕が劣化することも絶対にないとは言い切れないが、ある意味腕が劣化した鍛冶師に用はない。
と言うことで出ようと思ったが、ちょっと気になったことがあったので不機嫌そうなおっさんに聞いてみることにした。
「南の方のアファル王国から来たんだが・・・この国では武器と鍋を同じ鍛冶師が扱うのか?
俺の故郷では武器を扱う鍛冶師と日常品を扱う鍛冶師ではかなりはっきりと棲み分けが出来ているんだが」
まあ、スタルノだって近所のおばちゃんが鍋の底が抜けたから直してくれって頼んできたら無視はしないと思うが、店で鍋は売っていない。
包丁としても使えるナイフ程度ならまだしも、鍋はちょっと範囲外だ。
「遠出する際に鍋がなきゃ飢えるだろうが。
うっかりもんなアホな若者が町を出る前に思い出す為の見本みたいなものだ」
おっさんが不愛想に応じた。
・・・もしかして、若者が街の外で狩りをしたりするのに剣や槍を使うのか??
あれは人間と戦う用だと思っていたが・・・もしかして弓矢はここ等辺の狩りには向いていないのだろうか。
と言うか、王都の外で生活の為に狩りをしていると言うのも大分とアファル王国とは違う様だ。
野営なんぞやろうと思ったことも無いが、寒いと野営時にも鍋でスープでも作らないといけないのかね?
イマイチ良く分からないが・・・取り敢えず、ここはそんなうっかりもんな若者が使う店なのだろう。
そう考えると、初心者・・・よりちょっと上ぐらい用の武器の品質と値段がこの程度なのか。
一応参考にはなるかな。
初心者よりもちょっと上用でこれだとしたら、中々ノルダスの鉄製品の品質は高いようだ。
鉄が良いのか、炭が良いのか、それとも腕がいいのか知らないが、何か鉄製品を買って帰っても良いかも知れない。
「なるほどね。
取り敢えず、街の外に狩りに出るつもりは無いから、俺は良いや。
参考になったよ、ありがとう」
軽くおっさんの方に頷いて見せて、店を出る。
考えてみたら、俺って剣の使い方は魔術学院で戦い方の授業で習ったが、槍はダレン先輩のような武家に連なる家の人間しかやっていなかったから、槍の良し悪しなんぞ分からない。
アファル王国ではあまり見た記憶が無いから、ちょっとお茶目なお土産としてダレン先輩に持って帰るのもありか?
まあ、手軽なお土産って言うには高いが。
次に辿り着いたアチューロの店も、最初のアチューラの店よりは品質が良かったがそれでもスタルノの店で見せられた剣程の凄味は無かった。
こちらは鍋を売っていなかったし、この店の客層は基礎はおさえた中級者なのかも?
その他の店もちょこちょこ覗いて入り、店によっては魔剣ではない普通の剣としてはスタルノよりも質が良さそうな剣を置いている店も幾つかあった。
やはりノルダスは鍛冶に関しては質が高い様だ。
これだったらドリアーナにお土産として包丁でも買って帰ったら喜ばれるかも?
ただ、あそこで使っている包丁は色々と長さとか形でタイプが違うのがあったからなぁ。
どれかちゃんと使い道があるのに合わせたんじゃないと、使って貰えないかも知れない。
・・・夕食時にでも皆にちょっと相談してみよう。
俺ら3人組は誰もが同じぐらい包丁に関して詳しくないだろうが、他の誰かが何か知っているかも。
さて。
最後のアチューラの店はかなり奥まった場所にあるのだが・・・。
これは奥まった不便な場所でも客が来るぐらいに腕がいいからなのか、客商売が下手か腕が悪すぎて奥の安い場所でしか商売が出来なくなったからなのか。
気になるところだ。
ちょっとドキドキしながら店の扉を開けた。
当たりかハズレか。
『アチュー何とか』だから実はアチューナとかだったりする可能性も?




