1117 星暦558年 青の月 13日 遊ぼう!(4)
結局、学院長はお茶か、酒か、何か美味しそうな酒の摘みがあったらそれをお土産に欲しいとのことだった。
俺って酒は殆ど飲まないから美味しいかどうかの判断は難しいんだけどね。
酒って飲むと自分の口と身体の動きと魔力を完全に制御できなくなるから嫌なんだよな。
安い酒場で出るような水代わりの薄いエールだったら普通に自分で水を出して飲む方が安心だし。
スラムから脱出して自分で水を出せるようになってからは、自分の出す水とかそれで淹れたお茶が好きになった。酒は結局もっと強いのが飲めるようになってからも飲みたいとは感じなかったから酒を飲む習慣は結局身につかなかったのだ。
アレクとシャルロも特に好きと言う訳ではないが・・・少なくとも嗜んではいるから、あいつらに試飲してもらって選ばせるかな?
考えてみたら、基本的に魔術師ってあまり酒は飲みたがらないのかも?
やっぱ魔力をしっかり制御してこそ魔術師だから、自己制御が弱まる酒っていうのはどうしても忌避感を覚えるのかも。
そう考えると、学院長もがっつり飲むんじゃなくってちょっと味わって楽しむ程度なのかな?
もしくはいくら飲んでも自己制御に影響がないぐらい酒に強いか。
取り敢えず、酒は何かシャルロとアレクが見つけたらってところにしておいて、主たる狙いはお茶にしておこう。
お茶だったら何処かで美味しいのが出されたら店の人に茶葉の入手先を聞いてそれを買えばいいし。
どうせシャルロが各街で甘味処に突撃して、お茶と一緒に焼き菓子とかケーキとかを食べるだろうからそこの店で聞いてみても良いだろう。
「北の方にちょっと船で遊びに行くんだが、あっちで腕利きな鍛冶師の知り合いっていたりする?」
学院長に別れを告げたあと、スタルノの鍛冶場に顔を出した。
丁度いい感じに水を飲んでいる所だったので、声を掛けて尋ねる。
「北~?
どこまで行くんだ?」
スタルノがカップを置いて尋ねる。
「適当に?
ある意味、氷で囲まれるところだって進めなくはないから、会ってみると面白い鍛冶師がいるんだったらそいつに会える場所まで行けるかな?
海沿いだったらだが」
まあ、お勧めな鍛冶師が居たとして、ちょっと鉄を叩いているのを見物させて貰わせても長期滞在はシャルロとアレクの迷惑になる。
そうなると何か買うだけになるかもな。
だとしたら無理に足(と言うか船?)を伸ばして遠出する必要も無いっちゃあ無いが。
「北の方ねぇ。
実際にあっちまで足を延ばしたことは無いから何とも言えんが・・・ノルダスって国に凄腕な鍛冶師がいるっぽいな。
この剣はそいつが作ったって話だ」
壁に掛けてある剣の一つを手に取って見せてくれながらスタルノが言った。
魔術回路の入っていない普通の剣だが・・・確かに心眼で視ると輝いて見えるぐらいに凄味がある。
今時そうそう戦場での戦いなんてあまりないし、あったとしても俺は剣ではなく魔術で戦うことになるが、この剣だったら自分と仲間をしっかり守ってくれそうだ。
というか、それこそばったばった敵をなぎ倒して自分を英雄にまで高めてくれる剣かも?
それだけの剣の腕があるなら。
「なんか凄そうな剣だな。
ちなみに鍛冶師の名前は?」
普通の人間に剣を見せて『これを鍛えた鍛冶師に会いたい』って言っても無理だろう。
やっぱ人間を探すならそいつの名前を知っておく方が早い。
「アチューロ?アチューラ?
確かアチューなんとかって名前だって聞いた・・・かも?」
微妙に自信が無さげな答えが返ってきた。
おいおい。
これだけ凄い剣を鍛える相手なんだ。
名前ぐらいしっかり覚えておけよ~。
まあ、俺も人の名前を覚えるのはそれ程得意じゃないからあまり人のことは言えんが。
「ノルダスまで行けそうだったらちょっと探してみるよ。
何か土産に良さげな小物があったら買ってくるが、あまり期待しないで待っててくれ」
ノルダスが海沿いかどうかによるからなぁ。
地理は昔からあまり得意じゃないから、ノルダスがどこにあるか、知らないんだよな。
アレクなら分かるだろうか?
地理は苦手・・・