1109 星暦558年 青の月 1日 創水の魔術回路(13)
「下剤対策とか疫病の治療現場とかで使ってはどうかって提案するんだったら、解毒とか消毒の効果も付け加えた方が無難じゃない?」
クッキーの缶を棚から取り出しながらシャルロが提案した。
出ていたら果てしなく食べてしまうのでお茶の時以外はクッキーの缶を棚に仕舞うことにしてあるんだが、俺らって良く食べてるよな~。
朝食後だって言うのに俺もアレクもクッキーの缶に手を伸ばしているんだから。
パディン夫人の主な仕事の一つに毎日クッキーを焼くって言うのがすっかり定着しちまった。
まだ俺たちは若いから良いけど、中年になった頃にはクッキーの缶を置く習慣を変えるか、もっと運動する様にならないとヤバいかも。
まあ、魔術師は魔力を使っていると太らないって話だから、今の調子で色々と開発し続けてそれの試運転に魔力を使いまくれば大丈夫かもだが。
太った魔術師って言うのは碌な仕事をしていないって証拠だから、年を取って退職をした奴以外は魔術師って基本的に太っていない。
魔力を使わなくて済むような管理職なんかは多分放っておけば太るんだろうが、やっぱ周囲からの目を気にするのか、毎日魔術院の転移門に魔力を提供するかとか言った方法で魔力を消費して体形管理をしているらしい。
アンディ曰く、長老層は実は転移門の魔力充填にかなり貢献しているらしい。
あの連中は魔術を使う魔術師と言うよりも管理職として働いているから、魔力の消費は少ない。
だけど、露骨に見た目からして魔術師として働いていないと分かる体型になると評判が悪くなるから、頑張って転移門に魔力を注ぎ込んで太らない様にしているそうだ。
どうせだったら魔術師なんだから新しい魔術や魔術回路の開発に励めよと思うが、年を取ってくるとそう言う新しい発想が難しくなるらしいし、時間も無いんだろうから転移門に魔力を提供することで一般向けの転移門の使用を比較的使いやすい値段で提供できることにするのは良い事なのかも。
それはさておき。
「毎回飲み切る分だけしか水を抽水しないようにして、水を注いだ後は蓋を閉めておけば良くね?」
第一、消毒効果のある魔術回路なんてあるんかね?
解毒効果のある魔具って言うのは貴族が高額で買い求めるらしいから魔術回路は存在する筈だが、秘匿されて特定の工房でしか作らないから特許に登録されていないと思うぞ。
神殿の方でお守りっぽいのを買うのも可能らしいが、効果が高い代わりに目が飛び出る程高いという噂だ。
「いや、うっかり水筒に向かって咳をしたりして中で病気の元が増えて、そこから水を飲んだ人間全員に感染させたなんてことになったら困る。
解毒はまだしも消毒効果はあった方が良いだろう」
アレクがシャルロに味方した。
「ちなみに消毒と解毒ってどう違うんだ?」
どっちも体に悪い物を消す感じ印象だが。
「消毒は病気の元になる存在が時間の経過とともに繁殖して増えるのを最初に殺して増えない様にすることだと神殿で聞いたことがあるな。
だから水を沸騰させた後に密封するとそれなりの期間保管しても安全にその水を飲めると言う話だ。
反対に病気の元が大量に増えて病気となる毒を生産した後に水を沸騰させても、病気の毒が残っているからその水を飲んだら腹を下したりするので長時間溜めておかれた水は沸騰しても飲むなと言われた」
アレクが言った。
ふうん?
魔術を習い始めてから水は自力で出せたし、スラム時代は水を沸騰させて飲むなんて贅沢は出来なかったから関係ない話だが・・・溜めておいた水を飲むと腹が痛くなるのは病気の元となる何かが毒を作っているからなのか。
そう言えば、確かに溜めておいた水でスープを作った時に後から腹痛に苦しんだことはあったよな。
まあ、あの頃は慣れたら意外と何でも大丈夫になったから、『毒』と言っても相対的なものだという気がするが。
「消毒用の魔術回路があるんだったらそれを仕込んでも良いかも知れないが・・・解毒用は無理だろ」
解毒用の魔術回路があるんだったら消毒しないで水を灌ぐ前に解毒してしまえば安全になるんだろうが、なんと言っても解毒用の魔術回路はがっちり秘匿されているからな。
あれを盗んで勝手に使おうとなんてしたら、俺たちの抹殺依頼が暗殺ギルドに出されかねない。
「解毒に関しては無理か~。
じゃあ、消毒の魔術回路を探してみようよ!」
シャルロが元気に提案した。
お前は一番消毒も解毒も要らないんだけどね。
ウィルも要らないw




