1104 星暦558年 紺の月 26日 創水の魔術回路(8)
「これ、水筒サイズにするのも大変そうだし、大きめにしてもコップ一杯分の水が溜まる頃には家に帰ってきてないか?」
湿度調整の魔具から見つけ出した空気中から水分を集める魔術回路はそれなりに魔石の消費効率は良かったのだが・・・やたらと時間が掛かった。
まあ、考えてみたら空気中の水分が沢山あるんだったらそれこそ雨になってるよな。
元々、湿度調整としてそれなりに湿気ている船倉で使っても1日1回か2回水を捨てればいいだけらしいので、そこまで極端に空気中に水分と言うのは無いらしい。
俺たちが魔術で抽出する時はそれなりに簡単にできるんだが・・・魔術と魔具だと効率が違うからなぁ。
ちなみに、結界ありと無しだと魔石の消費量は殆ど変わらなかったが、水の集まる速度は結界無しの方が微妙に早かった。
大して違いは無かったけど。
「起動した瞬間に小指一本分ぐらいの水が一気に集まり、その後ぐっと遅くなることを考えると、小指一本分がこの水筒の魔術回路が集められる有効範囲内にある水分で、その後のは空気の流れや我々の動きによって新しい水分が入った空気が範囲内に入ってきて随時水が集められているのではないか?」
何度も工房の中や庭や他の部屋に動き回りながら試作品を動かしてみていたアレクが、工房に戻ってきて言った。
なるほど。
確かに、最初にぐっと出て来る感じだよな。
ってことは、魔術だと必要な水を集めるまで無意識に術の有効範囲を広げているのに対し、この魔術回路はそれが出来ないのか。
「・・・考えてみたら、この魔術回路の水分を空気中から抽出する有効範囲はどの程度なんだ?
それを広げられたらもっと水を早く集められそう?」
特に数値で範囲を指定している部分は無い気がするが。
「距離を指定するような魔術回路の記載はないよね?
何処かの部分を大きくしたら範囲が広がるかもだけど・・・水筒に詰め込めるサイズの魔術回路を大きくするのは難しいかな」
シャルロが魔術回路の設計図を手に取って睨みながら言った。
そうなんだよなぁ。
元々、船倉に置く湿度調整器に使われていた魔術回路なんだ。
本体が0.5メタ立法ぐらいなサイズの魔具だから魔術回路を小さくする工夫なんぞあまりしてない。
水筒に入るサイズに要らなそうな部分を切り捨て、残りをむぎゅッと小さく縮小しても一応機能したが、そのせいで有効範囲は小さくなっている可能性は高い。
「ちょっと色々な部分を大きくして、水の集まる早さが変わるか確認してみるか」
アレクが魔術回路を造る用のケーブルを手に取りながら言った。
アレクはそう言う細かい試行錯誤が好きだよね~。
とは言え。
どこで有効範囲を決めているかが分かったにせよ、水筒のサイズという限界があるんだからそうそう魔術回路を大きくは出来ないだろう。
「こう、水筒の上か下か横かに小さなファンでも付けて空気を動かす様にしたらどうだ?
周辺の空気の水分がなくなるから水の抽出が遅くなるなら、ファンで空気を動かして水分の抜けていない空気を常時動かして吸い込む感じにしたら抽出の効率が上がるかも?」
暑い時期だったらファンで少し顔なり胸元なりに風を送りこめたら涼しくて良いかもだし。
まあ、冬だったら寒いが。
寒くなってきたら、諦めて暖かいお茶でもタオルに包んだ水筒に入れて持って行くしかないな。
どちらにせよ、どうもこの魔術回路で集めた水ってちょっと冷えている気がするから、寒い最中の遠乗り中に飲むのには向いていないだろうし。
「そうだねぇ。
ちょっと横に拳サイズのファンでも付けて、どの程度効率が上がるか確認してみようか」
シャルロが頷き、工房の奥に部品を探しに行った。
工房を始めた頃の初期に作った乾燥用魔具はファンを使っていたから、あれで熱源無しの小さいおまけ部品を作ればそれでいいんじゃないかな?
アレクの試行錯誤で魔術回路のどの部分を伸ばしたら抽水が早くなるのか分かったら、それをファンの外縁を這わせるか何かしてそこを伸ばしてみても良いし。
数値での範囲指定が無いって事は、魔術回路の形や長さで自然に決まる影響の及ぶ範囲だろうから、魔術回路そのものを大きくしたら多少は有効範囲が広がっても良いと思うんだが。
まあ、試行錯誤だな。
最近よく見かけるミニなファンってやたらと口のそばに風を吹き掛けている人が多い気がするんだけど、あれって首よりも口元を冷やす方が気持ち良いんですかね?