1102 星暦558年 紺の月 24日 創水の魔術回路(6)
「思ったんだけど、水を創るんじゃなくって転移させるのはどうかな?
転移箱みたいな感じに、家で飲み物のジャグに片側を突っ込んで置いて水筒側に魔力を通したらそこへ水筒に入るだけの飲み物が転移されるようにするの。
暖かいお茶とかお酒も転移出来て、良くない?
室内で使うんだったら台所の水瓶と繋げておけば執務室なり応接間なりでのポットに水を転送できるし」
シャルロが何度かやり直した試作品の最終版の結果(どれも非常に微妙だった)を睨みつけた後、ソファに身を投げ出して提案した。
「転移箱で液体を送れる様にするのか。
・・・ありかも?
なんだったらパンとか肉を送れるようにしたら弁当を出来たてで送れるようになって良さげだな」
アレクがちょっと考えてからにやりと笑った。
どうやら出来立て弁当に心が動いたらしい。
確かに便利そうだが・・・。
「なんかさぁ、買い物時にちょっとした荷物を送れるとか、商業ギルドにでも現金を送りつけられるとか、色々と物を送れたら便利だって言う気はするが・・・物を送れるとなると、その箱なり筒なりに入るサイズの物を盗み放題にならないか?」
手癖の悪い人間はどこにでもいるのだ。
それこそ貴族のパーティとかに行って装飾品をそれとなく盗んで送れるとなったら、盗み放題じゃないか?
流石にドレス姿の女性が水筒を手に持っていたら怪しいが、気付け薬だとでも言って侍女に持たせておけばなんとでもなりそうだし・・・パーティなんかで女性が着るぶわっとしたスカートの中ってかなり色々と隠せるぞ?
まあ、それを考えるんだったら転移箱だって使い方によっては機密書類を盗むのに凄く使い勝手がいいから、誰かが悪用している可能性は高いのかもだが。
軍とかはそれにどう対応しているんだろう?
まさか気付いていないということはないと思うが・・・機密書類が置いてある区画への魔具の持ち込みを禁止にでもしているんかね?
「なるほど。
それは困るな。
考えてみたら、書類ならまだしも立体的で質量がそれなりな物でも送れるように転移箱を改修したら、上手くやれば店に行って小さくて高い商品の万引きをし放題だな。
今だって小さい物は盗まれる危険が高いが、少なくとも出口で怪しい奴の荷物を調べれば捕まえられたのに、それが出来なくなるのは致命的だ」
アレクが顔をしかめた。
「そっかぁ。
転移箱を極端に多くない魔力で紙でなく物も送れるように改造するのって大変かもとは思っていたけど、成功した後のごたごたが凄い事になりそうだね」
溜め息を吐きながらシャルロが言った。
「戦闘に使えるような危険性は余りなさそうだから軍部が魔術回路を回収する危険性は低いかも知れないが、社会の中に放ったら影響は大きそうだな・・・」
アレクがため息を吐いた。
「じゃあこの水を創る魔術回路を改造するしかないかぁ。
出来上がったのを軍部に持って行かれちゃうかもと思うと何か微妙だけど」
シャルロが立ち上がってお茶を淹れにポットの方へ進みながら言った。
「しっかし、なんだってこの魔術回路ってこうも魔力をバカ食いするんだろうな?
普通に魔術で水を創るのって比較的楽なのに」
棚に行ってクッキーの入っている缶を取り出しながら思わず呟く。
あそこまで効率の悪い魔術回路しか見つからないなんて、想定外だ。
『そりゃあ、魔術だったら空気中の水を集めているだけなのに、この魔術回路は無理やり世界の理を歪めて魔力を水という物体に永続的に変質させているんだから、魔力の消費量が全然違うのは当然でしょ?』
清早が突然現れて教えてくれた。
おやぁ?
水を創る際に使う魔術とこの魔術回路ではやっていることの本質が違うのか?
と言うか、魔術では水を『創って』はいないのか。
「魔術でコップに水を出すのって水を創っているんじゃなくって空気中から集めているんだ?」
シャルロがちょっと驚いた様に言う。
空気中に水があるというのは清早の加護を貰ってから漠然と感じられるようにはなったが、それを術で引き出しているという感覚は無かったな。
でも・・・。
実際にコップに水を出してみたら、確かにそんな感じはする・・・気も?
「空気中の水を集めているんだったら、土の中から決まった成分を抽出するのと似たような感じで出来るかも?」
シャルロが指摘する。
確かに!
魔力を物質に変えるのってめっちゃ効率悪そう
空気中から抽出する方がずっと良いですよね




