1100 星暦558年 紺の月 22日 創水の魔術回路(4)
「なんだってこうも水を創る魔術回路が無いんだ?
それこそ行商人とか交易船とかで需要はたっぷりあるだろうに」
夕方まで調べ、結局攻撃用と思われる古く効率のめっちゃクソ悪い魔術回路が3つと、農地の水遣り用の魔術回路(こちらは水を造り出すのではなく動かすだけっぽいが)が見つかっただけだった。
取り敢えず一旦工房に帰り、お茶を飲みながらこれからの事を相談することに。
ちょっと想定外に水を創る為の魔術回路が無い。
一から創るのは時間がかかるから、お手軽な水筒程度にはちょっとそこまで時間を掛けるのは無駄な気がするんだよなぁ。
「水を創るのを効率的に出来たら、水系の攻撃用魔具の効率をぐっと上げられるから軍部が独占契約で買い上げて特許の書類その物を秘匿して一般の魔術師とかが閲覧できない様にしているのかもな」
アレクが眉を顰めながら応じた。
「まあ、それに魔術師は誰でも自分が飲みたい分ぐらいの水は簡単に出せるから、魔具化したいという強い欲求が無いからねぇ。
暖房とかお茶用のポットとかって魔術でやるのは継続性とか威力の調整とか面倒だけど、コップ一杯分の水を出すのは魔術学院で最初に習う安全な魔術だから、出来ない魔術師が居ないし」
シャルロが指摘する。
まあなぁ。
水の攻撃魔術が苦手な魔術師でも、コップ一杯分の水も出せない人間は居ない。
と言うか、それが出来なかったら魔術学院で2学年目に進級できないから魔力を封じて退学になってるだろう。
流石に飲み水が出せなくて退学なんて格好が悪いから、どの生徒もそこは必死になって練習するから出来ない魔術師は居ないんだよね。
「で、商業用に水を創り出す魔術回路を開発する魔術師が居ても、軍がそれを回収しちまうのか。
何だってそこまで攻撃用魔具に関して神経質なのかね?
炎系の攻撃用魔具の方が危険だろうに。創水の魔術回路を根こそぎ消し去っているのに料理用とか暖房用の火器系の魔術回路は回収してない意味が分からん」
風だって突風を起こすような攻撃用魔具に繋がりかねない送風の魔術回路を回収なんてしてないぞ?
「料理用や暖房用の魔具は回収して、直火を使わせると何かが起きた際に火事になりやすいと言うことで回収は諦めたって話だな。
初期に火器が最初に売り出された頃、開発した魔術師と組んだ商家が必死になってそこを売り込み、実際に街の一区域全部に暖炉用と料理用の魔具を提供してひと冬の間に起きた小火の回数を比較する実証実験までして説得したらしい」
アレクが教えてくれた。
「へぇぇ。
火器が出来たのなんて大分と昔な事なのに、良く知っているねぇ。
魔術学院ではそんなの習わなかったよね?」
シャルロが感心したように言った。
「便利な魔具はその機能だけでなく他の事故や被害を減らせることをアピールするのが重要だって言う商業ギルドでの教訓みたいになっている話だな。
魔術師にとっては魔術回路の特許を割高に買い取ってくれるなら商品を売り出せなくても別にそれで構わないから、あっさり諦めかねないので有望な魔具の話がきたら絶対に国や軍部の人間と魔術師だけで話し合いをさせるなという裏話付きだ」
アレクが軽く笑いながら付け加える。
なるほどねぇ。
確かにある程度の金になれば、魔術師はあっさり一般への売り出しは諦めるだろうな。
金になる!!と食いついて離さないのは商家の方だろうし、便利さだけでない利点を根気よく説得したり代案を出すのも普通の魔術師には無理だろう。
「まあ、それはさておき。
なんだって軍部や国はそこまで攻撃魔術を代替できる魔具の存在を嫌うんだ?
というか、色々買い集めて作っているんか?」
そんな話は聞いたことは無いが、もしかして俺らが知らない隠れた工房かどっか秘密の街とかでコツコツと戦争に使うかも知れない魔具を造っているのだろうか?
「基本的に魔術師の数って言うのは人口比的にはどの国でも殆ど変わらないんだ。
だから戦争時の各国の魔術師の戦力も大体予測できるし、どこかの国が圧倒的優位に立つということも殆ど無い。
だが、普通の兵士が持って魔石を使えば攻撃魔術を放てる魔具が大量に生産されたら・・・戦争での戦力想定が大幅に狂うだろ?
だからどこの国も攻撃魔術に使える魔具の情報は徹底的に潰して秘匿して回っているそうだ」
アレクが言った。
「こっそり自国だけ造ろうとはしないのか?」
自国で潰したところで、他国が作っていたらヤバいだろうに。
「戦争なんてやらないのが一番だからな。
無駄に備蓄して、それをどっかの馬鹿に横流しされたり情報が漏れて戦争用魔具の備蓄競争なんぞ始まっても非効率極まりないというのが現在の各国のトップの共通した考えらしい。
だからお互いに攻撃用魔術を放てる魔具に繋がりかねない魔術回路の情報は徹底的に回収して回っているし、他国でどうもヤバそうな魔具を造って備蓄し始めているという情報が出てきたらこっそりそこを焼き野原にして魔術回路の情報とかも破壊しているって噂だ」
「あ~、そう言えば十年ちょっとか前にガルカ王国のどっかの鉱山街っぽい所で何か事故があって街ごと爆発したみたいに破壊されて住民が離散したって話を聞いたことがあるね~。
もしかしてあれってそれ関連だったのかな?」
シャルロがぽんっと手を打ちながら言った。
あ~。
そう言えば、なんかどこぞの町出身だと知られると殺されるって噂が下町で流れたことがあったな。
うわ、マジでそうなのかも。
製造に関わっていただけでも情報を持っている疑惑で狩られたのか。
・・・俺たちの魔具、大丈夫なんだろうな?
・・・大丈夫なんでしょうかね?