1098 星暦558年 紺の月 22日 創水の魔術回路(2)
「おはよう」
「・・・おはようございます?」
ペディアグナ子爵が愛人を住ませていた家の扉を叩いた俺を、キーナは微妙に胡乱気な表情で出迎えた。
一応騎士団の人間と一緒に顔を合わせたのは覚えていたらしく極端にヤバい人間ではないとは認識されているっぽいが、騎士団と一緒ではないので微妙に警戒対象と言ったところかな?
取り敢えず、シェフィート商会が俺たちの工房へ事務職員を数か月交替に人を派遣する契約や、比較的有望そうな人間を教えて鍛え上げることに関してはアレクが今日あちらへ話をしに行っている。
俺はキーナが事務職員としての職に興味があるかを確認する役目。
余ったシャルロは一足先に魔術学院に行って創水の術関連の魔術回路が無いか探すのを始めている。
俺たちも後で合流する予定だ。
「前回会った際にはちゃんと自己紹介しなかったけど、時折軍部や国税局なんかに協力している魔術師のウィル・ダントールだ。
本職としては仲間の魔術師2人と合わせて3人で魔具開発の工房をやっている」
玄関で立ち話は流石に微妙ということで家の中に案内されたが、どうやら引っ越しの準備を始めているっぽい部屋中をちらっと見てから自己紹介する。
「はあ。
ご存じのようにペディアグナ子爵の愛人をしていたキーナ・ペラッツです」
「ああ。
前回来た時にペディアグナ子爵の悪事の記録取りとか日常の資金繰りの管理が中々凄いと思ってね。
事務職員に凄く向いているんじゃないかと思って勧誘しに来たんだ。
故郷に待っている人がいるとか、王都で仕事の伝手があるなら強要するつもりは全然無いんだけど、もしも事務職みたいな仕事を探したいけど伝手が足りない状態なんだったら、シェフィート商会に雇われてみないか?
商会の方で暫く働いて仕事を覚えたら、俺らの工房に数か月交替で派遣されることになると思う」
引っ越しの準備を始めていたってことは故郷に帰ったら何か展望があるのかな?
田舎って一度既定路線からはみ出た人間に対して冷たい事が多いという話だが、ある意味家族の安全の為にクソッタレの愛人という待遇を甘んじていたという面もあるんだから、帰るのを心待ちしている家族や元恋人がいる可能性だってゼロではない。
まあ、単にペディアグナ子爵からの家賃の支払いが途絶えて家から追い出される前に安い部屋を見つけて引っ越そうとしているだけという可能性も高そうだが。
「・・・事務職員、ですか?」
『突然何を言い出したのコイツ??』という顔で一瞬茫然としていたキーナだが、ぱちぱちを瞬きをした後、聞き返してきた。
「魔術師って当然魔術だけでなく読み書きや計算も学ぶんだけど、数字関連が好きって訳じゃあないんだよね。
だから俺たちの工房では商会出身の魔術師である仲間へ工房の収支の記録とか報告書作成とか税金の計算とか、事務関係の書類作業がちょっと不公平な位に作業量が偏っているんだ。
まあ、本人は数字と睨めっこするのが苦痛じゃないらしいけど」
長時間数字を眺めていても頭が痛くならないって、ある意味シャルロの蒼流に溺愛されるのと同じぐらい有用な才能だよなぁ。
俺には到底真似が出来ない。
「数字はパズルみたいで面白いと思いますが」
ちょっと首を傾げながらキーナが指摘した。
いや、面白いと思える感性は稀だから。
普通の人は数字なんぞ必要最低限しか見たくないんだよ。
「まあ、数字をパズルとして面白いと思える人間だったら数字や書類を扱う仕事に向いているかなと思ってね。
そう言う仕事に就く伝手が無いんだったらウチの所にどう?と勧誘しに来たんだ」
突然勧誘されて面食らい、警戒する気持ちも分かるが。
「・・・辞めるのはいつでも可能ですか?
あと、身体の関係はないと考えて良いんですよね?」
キーナが尋ねてきた。
一応興味はあるっぽい。
「辞めるのは引継ぎを考えて1週間か2週間ぐらいは猶予が欲しいかな。
身体の関係や強要しようとしている人間がいたら、ぶん殴って良いよ。
というか、俺らの工房内の人間と付き合うようなことになりそうだったら、工房への派遣は無しにしてシェフィート商会なりどこか別なところで働いてもらうことになるかな?
やっぱ上司と付き合うのって色々と贔屓や強要が起きたら困るから」
仕事を異動する羽目になるのって面倒だとは思うが、上司と肉体関係なんて結んだら最終的には何らかの形で破綻するか極稀に結婚で終わるんだから、安易に始めない方が良いし始めるんだったらそれなりに前準備して欲しい。
事務職の異動ってどの位しやすいのか知らんけど。
やっぱそう言う点、魔術師って融通が利いて自由で良いよなぁ。
うん、魔術師になれて本当に良かった。
学院長には本当に幾ら感謝しても足りないぜ。
勧誘・・・の説明会?
サブタイの内容まで中々辿り着かない;