1097 星暦558年 紺の月 21日 創水の魔術回路
「シェイラはキーナの事、何か言ってた~?」
シャルロが朝のお茶を淹れながら悪戯っぽく聞いてきた。
「俺たちの事業の事務作業を任せる女性がアレクと付き合うようになるなら、今まで以上にシャルロと俺たちが頑張って書類作業の確認をしろってさ」
ちょっとシャルロが『期待外れだ~』という顔をしたが、俺とシェイラに色っぽい男と女の争いごととかを求めること自体が間違っていると思うぞ?
「確かにそうだな。
我々が雇っている人間と私が付き合う事なんかはまずないが。
もしも付き合いたいと思うような人柄でどうしてもと思いが募ったら、工房の事務職員として別の人を代わりに雇ってから私とは直接関係ない所に仕事を変えて貰ってから付き合うよ。
そうじゃないと下手をしたらウィルが言っていたクソッタレ領主と同じようなことを意図せずに強要する羽目になりかねないだろう」
アレクが眉を顰めながら口を挟んだ。
・・・そっか。
職場の上司って考えてみたら関係を強要されたら断りにくいよな。
もっと大きな職場だったら他の職員の伝手でこっそり別の仕事を見つけることも可能かも知れないが、愛人業の後に俺たちしかいない工房の事務職じゃあ外への伝手も大して増えないだろうから、美味い事やって国税局や商業ギルドとかで顔を繋いで信頼を培って転職先を紹介して貰えない限り、アレクに食事やそれ以上に誘われた時にも断りにくいと感じる可能性は十分にある。
アレクは仕事を盾に関係を強要するような人間じゃあないし、俺たちだってそれを見過ごすようなクソッタレじゃあないつもりだが、仲間同士の贔屓って時々想定外な結果が出る時はあるからなぁ。
「じゃあ、アレクが気に入るかもな人員だったらシェフィート商会かもっと更に縁が遠そうな工房か商会にでも紹介する方が良いか?」
元々アレクの付き合う相手候補という意図は無かったんだが、シャルロがキーナとアレクがお似合いだと思うんだったら、最初から障害になるような雇用関係は結ばない方が良いかも?
「まあ、私は誰かと付き合いたいという願望は特に今のところないんだが・・・どちらにせよ、書類作業に関して色々と一通り仕込むためにシェフィート商会で暫く働くのはどうかな?
誓約魔術で情報秘匿を契約して、キーナだけでなく何人かの事務職の人間を数か月単位で交代でこちらに派遣して貰う契約をしても良いし。
まあ、シェフィート商会ではなく、商業ギルドか魔術ギルドからそう言う人員派遣の契約をするのも可能だが」
アレクが提案した。
「数か月ごとに人が変わるのって非効率的な気もするけど・・・まあ、いつ誰が結婚したり妊娠したりして暫く休むってことになっても困らないし、アレクが誰かを気に入った時に大事にならずに直接的な契約を無しに出来るし、それが良いかもね。
でも、商業ギルドも魔術ギルドもちょっと不安かな。
どっちも開発のアイディアをそれとなく相談とか雑談みたいな感じで知り合いに漏らしそう」
シャルロが応じる。
確かにな。
誓約魔術で意図的に情報を漏らせなくても、相談とか雑談でうっかりアイディアを別の誰かに与えたら、それこそ転移箱のようにあっという間に他の奴らに新製品を開発されちまう可能性は十分ある。
その点、シェフィート商会の人間だったら新しい魔具の開発はやっていないから閃きの横取りは心配する必要が余りないだろう。
多分。
俺たち以外の誰かが工房に入ることで多少は情報が漏れる危険性は増えるけど、まあそこら辺はアレクへの事務作業の負担の軽減と天秤に掛けて、適切な安全対策をとるしかないよな。
「じゃあまあキーナに関しては先にシェフィート商会の事務関係の人にちょっと仕込んでもらって有望そうか確認ってところかな?
そしてこちらに事務職員を派遣する契約や仕事範囲に関しては近いうちに相談と言うことで。
ちなみに、新しい魔具に関しては何か思いついた?」
シャルロがパンっと手を叩いて話をまとめた。
「俺としてはちらっとアレクに言ったんだが、ポットとか水筒に魔力を通したり魔石で起動したら水を溜められる魔具を造れたら便利かも?と思ったんだがどうだろう?」
書類とかをぱぱっとその場で写せる魔具もあったら便利だろうけど・・・そう言うのは情報を盗むのにがっつり使われそうだし世に出さない方が無難だろうな。
「それ良いね!!
遠乗りに行った時とかピクニックに行った時に水をさっと出せると助かる人って多いと思う!」
シャルロが嬉しそうに合意した。
まあ、此奴の場合(というか魔術師なら誰でも)は自力で水を出せるけど、他の人間が自力で好きな時に水を出せるって重要だよな。
「確かに需要は幾らでもあると両親や兄も言っていたが・・・考えてみたら、水を創り出す魔術回路というのは多分無いんじゃないか?
そう言う魔具は確実に出回っていないそうだ。
あるんだったら行商人はともかく船では絶対に使っているだろうし、海水から真水を抽出する魔具もあそこまで喜ばれないだろう」
アレクが指摘した。
・・・確かに?
水での攻撃とか洗浄とかの術で水を出すのは比較的簡単なんですけど、魔術回路では無かったんですね〜