1094 星暦558年 紺の月 17日 裏社会からの依頼(17)
「あら、やっとあいつが捕まったの?」
玄関を開けた先に立っていたゲッカの制服を見て、愛人と思われし女が嬉しそうに笑った。
「何かあいつがここに隠した資料とか隠し財産みたいなものはあるか?
そちらへの支払いとして渡された物は記録を取って合法的に入手したと証明されたものに関しては後で返還する」
ゲッカが尋ねた。
露骨に盗まれたと分かる特徴的な宝石が付いた装飾品とかは当然の事ながら、人殺しの対価として受け取ったような金貨も合法的に入手したかどうかなんて証明のしようが無いんじゃないか?
というか、人殺しではなく単に領地の住民から搾取した金貨は一応法律的には合法だが、それを使って違法賭場で儲けた金はどうなるか怪しい。
違法に稼ごうが合法的に入手しようが金貨の見た目は変わらないのだ。『違法と確認できた』か『合法と確認できた』の違いは大きいぞ?
『違法だと証明されなければ返す』ではなく、『合法だと証明されたら返す』だったらかなり絶望的だから、隠されるだけな気がするんだが。
愛人が肩を竦めた。
「私に贈られた宝石とかは適当に安い偽物に入れ替えてさっさと現金化して銀行に預けてあるから、この家の何処かに隠し金庫があったとして、そこに入っているのはあいつが隠した財産と考えて良いわよ。
お金も基本的に受け取ったら直ぐに銀行に入れて、月締めで月末に必要な金額だけ払っていたし」
なんかこう・・・まるでアレクのようなしっかりした資金管理だな。
あんな貴族の服を着ただけな実質破落戸である男の愛人には想定外なタイプだ。
「随分と割り切った付き合いだったんだな?」
家の中へ案内され、心眼で隠し場所を探しながら尋ねる。
「あいつが爵位を継いだ頃に領地で手籠めされて、便利だからってことで無理やりこっちに連れて来られたのよ?
愛情なんてある訳ないでしょうが。
下手に賢そうに見えたらヤバい貴族仲間に売られそうだったから適度に金と筋肉が好きなバカ女を演じていたけど、いつかあいつが捕まるか殺されたらさっさと姿を消して新しい人生をどこか別の街で始めようと色々と夢想して準備してきたの」
おやま。
領地持ちの貴族に気に入られると、領民にとっては家族が人質に近いからなぁ。
例え結婚を約束した相手がいたにしても、ああ言う当主に気に入られた時点で絶望的って奴だろうな。
真面目だとか言う噂だった兄貴ならそう言う無体なことをしなかったかもだし、次男に手籠めされそうになって抵抗しても弟の方を窘めてくれたかもしれないが、それが死んだとなったら領民にとってはいきなり順調そうだった将来への希望が消え失せた感じだったのかも知れない。
しかも新しい当主が統治の仕方も知らない粗野な筋肉バカの上に、賭け事に嵌ったとなっては・・・マジでこの愛人がペディアグナ子爵を殺さなかったことの方が意外かも。
毒でも盛るなり、酒に潰れて寝ている所をグサっと心臓を一突きするなり、やりようは色々とあるんだが・・・まあ、素人の元田舎娘じゃあ難しいか。
愛人宅にあったペディアグナ子爵用の着替えなどが置いてあるクロゼットにあった隠し金庫は、幾つかの無難な宝石と金貨の他に、何枚かの手紙が仕舞われていた。
相変わらず読んでもイマイチ意味が分からないから、暗殺関連の指示書か何かかね?
「解読できそうか?」
ゲッカに紙を渡しながら隠し金庫の前から退く。
「ふむ。
何かの保険になると踏んで隠したのだろうから、多分ゼルパッグ伯爵に都合の悪い情報なんだろな。
ペディアグナ子爵本人の悪事を証明する書類が無いのがちょっと残念だが・・・何か他に彼が維持していた帳簿みたいなものはないのか?」
ゲッカが愛人に尋ねる。
「あいつはねぇ・・・。
記録をしっかりとるとか書類を整理して維持するなんて言うのは絶望的に苦手なのよ。
国への税金関係の書類もちらっと手に取って2ページぐらい眺めたら捨てちゃって、後からそれが提出用だったって知って慌てて怒鳴りつけながら代官にもう一部急いで作らせていたぐらいなんだから。
色々と無駄話はしていたから何か役に立つかもと思って私が記録しておいた日記はあるけど、それであいつを確実に拘束できるのかしら?」
愛人がちょっと首を傾げながら聞き返してきた。
「既に色々と情報はあるが、それの裏付けになる記録は大歓迎だ」
ゲッカがにっこりと笑いながら答える。
凄いな。
税金関係の提出書類って最終的に事業主なり当主なりが署名して提出する奴だろ??
それを捨てたって・・・。
代官も頭を抱えただろうな。
多分領地の方に写しは残していただろうが、それを改めて全部写し直して提出用を作るとなるとそれなりに急ぐが、租税用の書類提出が遅れたら遅れた日数分罰金が掛かるし・・・話を聞くにあのペディアグナ子爵だったら遅れた罰金を代官のせいにして給与から引きそうだ。
しっかし。
ちゃんとした二重帳簿とかが無いのは脳筋な破落戸子爵だったら驚きではないが、愛人が聞いた話の記録を取っていたというのも中々凄い。
恨まれた相手を愛人にして、ヤバい秘密話をするなんて・・・もしかしてペディアグナ子爵は自分が手籠めにして無理やり愛人にした女が自分の事を恨んでいないとでも思っていたんかね??
自分を憎んでいる相手を敢えて愛人にして貶める歪んだ人もいそうですが、子爵は単に自分のやった事で女が憎しみを感じるなんて想像もしていない単なるアホ。