1092 星暦558年 紺の月 17日 裏社会からの依頼(15)
台所でコップを借りてうがいをしたついでに顔もざっと洗ってハンカチで拭いていたら、ゲッカが横に来た。
「気が急いていてうっかりした。
人を部屋から出してからやるべきだったな」
謝罪っぽく言いながらゲッカもコップを借りてうがいを始める。
「まあ、さっさと避難しなかった俺も悪かった。思っていたよりは埃が舞わなかったしな。
取り敢えず、屋敷の残りの部屋を調べるぞ?」
濡れたハンカチを魔術で乾かし、ポケットに突っ込みながらまずは台所周辺を見回す。
昔はハンカチなんぞ持ち歩かずにズボンやシャツで適当に手を拭いていたか、魔術を覚えてからは魔術で手を乾かしていたんだが、シェイラにプレゼントで貰ったから一応持ち歩くことにしているんだよな。
手を拭くとハンカチが濡れるから、ポケットにしまう前にそれを乾かす手間を考えると魔術で自分の手を乾かす方が合理的だという気もしないでもないんだが・・・シェイラもアレクもハンカチを使えと言うのでそう言うものなのだろう。
騎士団の人間がそんなことを気にするかは知らんが。
麻薬関係だったら食糧貯蔵室に小麦粉とかに紛れさせてしまうのも悪くは無いんだが・・・流石に普通の食材と一緒に使うとヤバいからそれなりに使わない様に封印してあったり容器を変えたりするので、収納の形に違和感がある物があったらそれが怪しい。
しっかり視て回ったが台所周辺には隠し金庫や二重底な引き出しっぽい物は無く、また食材に関しても特に違和感があるほど違いがある容器は無かったので他の部屋を見回り始める。
う~ん、特に何もないか?
1階を全部見て回り、2階の大半も見回って特に何も見当たらなかった。
人身売買関連の販路が潰された時にペディアグナ子爵の違法事業への関与は終わったのだろうか。
違法な収入に頼る様な人間は、一つの収入源が潰されたからってそうそう簡単に諦める奴は少ない。
・・・考えてみたら、悪事をした際に書類にちゃんと記録を取るタイプな悪人ばかりとは限らないかも?
人身売買は流石にそれなりに書類が必要になるだろうが、それこそ邪魔な人間の口封じ程度を小遣い稼ぎにやっているのだったら・・・依頼を受けてやることをやり、金を受け取って酒場や賭場に行くというだけだった場合は二重帳簿が存在しない可能性もあるな。
とは言え。
そんな破落戸のような仕事を態々子爵がするとも思えないが。
確かにそれなりに腕に自信はありそうな顔つきだったし、動きも悪くは無かったが。
元々、次男だったから軍部に入っていたが何やら不祥事を起こして退役する羽目になり、丁度その頃に都合よく兄が落馬事故で結婚間際に亡くなって爵位を引き継いだとか言う話をウォレン爺が騎士団でしていた。
肉体を使う系にしか能力が無く、何も考えずに暴れていればいいと思って軍部に入っていたら流石に暴れるだけではダメで追い出され、ゼルパッグ伯爵ご用達の破落戸になったとか?
だが、人身売買なんて言うのはそれなりに頭脳も無いと直ぐに足が出ると思うんだが。
まあ、頭脳系の事はゼルパッグ伯爵がやり、危険がある部分を端した金でペディアグナ子爵が押し付けられていたという関係の可能性もありえるな。
ゼルパッグ伯爵だってそれ程賢い様には見えなかったが。
悪事と言うのはやろうと思わない人間が多いせいで、そこまで賢くなくても貴族の特権と邪魔者を躊躇なく殺す冷酷さがあれば暫くは何とかなるのかね?
そんなことを考えながら先日調べた2階の書斎にもう一度入ったら、ふと見おぼえがある魔具が目に入った。
転移箱だ。
まさか何かゼルパッグ伯爵からの指示書が残っていたり、しないよな?
そう思いながらも一応開いてみたら・・・中に紙が入っていた。
「これってなんだろう?」
ゲッカの方に紙を渡す。
ちょっと能天気な手紙っぽいが、そんな物を子爵が転移箱を使って受け取るとは考えにくい。
というか、子爵と伯爵とでやり取りする手紙としては内容に違和感があるが、字はゼルパッグ伯爵の書斎で見かけたあのおっさんの字に見える。
「符号リストで解読してみるよ」
嬉しそうに紙を受け取りながらゲッカが言った。
第三騎士団に居るような連中って符号とかを解読するのが好きなのかな?
俺だったら面倒でいい加減にしてくれって思うんだが。
まあ、何事も好きこそものの上手なれとも言うしな。
楽しんでいるなら上達も早いし残業も気にならないんだろう。
多分。
貴族のくせにウィルに破落戸タイプと見做された子爵w




